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第二話:水の神に守護されし者
「いい加減立っては如何だ。其れとも人と会話をする際、お前は何時も座って話しをすると言うのか」
 何処か険のある口調は身を竦ますのには十分な程のもの。
 言葉の冷たさに驚いて、慌てて立ち上がると、皆が慌てたように駆け寄って来るのが解った。
「望美! 大丈夫? 怪我は無い?」
 気遣わしげに問いかけて来る朔に、大丈夫だよと言う風に笑い掛ける。
 けれど視線は朔には無くて、烏帽子を被った蒼穹色の男に注がれたまま。
 そんな中、彼……比胡を非難するような声が、随所から上がった。
「比胡殿、でしたか。お言葉を返すようですが、君が望美さんを引き倒したんじゃありませんか?」
 普段の人当たりの良さからは信じられない程に、弁慶さんが明確に初対面である筈の比胡に対して意見を告げる。
 其れに続くように、ヒノエくんの口からも責めるような言葉が紡がれだす。
「普通起こすのに手くらい貸すもんじゃないのかよ。アンタ、手助けするとか言ってるけど何時裏切るか解ったモンじゃないじゃないか。本当に“神”様に言いつけられて来たのか?」
 多分私を庇ってくれての発言なんだろうが、其れが比胡と皆との仲をより険悪にしそうで、少し焦ってしまう。
「裏切る? 現に今救ってやっただろうに随分な言い草だ。殺すつもりであったのならば何も時期を見計らう必要もない。今のお前達を殺す事など、赤子の手を捻るように容易い事を忘れるな」
 嘲るような、皮肉の篭った態度であった。余計ヒノエくんが苛立ったのが顔を見らずとも知れる。
 けれど、私が口を挟む前に其の中に割って入ったのは他でもない、白龍だった。
「ヒノエ、彼は確かに神の守護を受けているよ。――私よりもずっと古より存在している……恐らく、水の神の守護を」
 緩く首を傾げるようにしながらも、何処か真剣味を帯びて静かに言葉を重ねて行く。
 水の神であることは解れども、其れ以上の事は解らないようで、ただ一言「悪い種類の神の気ではない」と小さく告げていた。
 白龍がそう言うのならばそうなのだろうと思ったけれど、矢張り彼は此処に溶け込めるのか如何か良く解らない気がした。
 気まずい空気を何とかしてくれようと思ったのか、朔がゆっくりと唇を開き、比胡に話しかける。
「あの、でも本当に比胡殿はお強いのね。アシキリ、と呼んでいたかしら。そんなカラクリ人形、見たことないわ」
 また先ほどヒノエくんが話し掛けた時のように厭味な口調で返すのかと思いきや、そうではなかった。
 戦いを終え、項垂れたような状態になっている人形を見やるとくん、と手首を曲げるようにし己の元へと引き寄せる。
「葦切は、私を遣わした神よりの預かり物。人の手により作られたものでは無い故に見た事がないのも無理は無い」
 す、と右手の甲を左の掌で撫でるようにすると、指に絡み付いていた糸や、アキシリと呼ばれた人形が幻のように霧となって掻き消える。
 その代わりなのか、比胡の右手の中指に其れまではなかった蒼い石のついた指輪が嵌っていた。
 その原理を朔に説明する口調は丁寧で決してにこやかに、とではなかったが其れまでのとげとげしさは感じさせなかった。
 他の人と随分態度が違う、女性相手だからなのかと思いながらも自分には冷たかった事に気づき、釈然としない気分にさせられる。
「手助けをするよう、って。比胡、私たちと共に来るの?」
 自然、割って入るように語尾を強めて問い掛けていた。
 呼び捨てにしたことでか、比胡の柳眉が不愉快そうに歪められる。
 けれども其れを窘められる事も不満を言う事も無く、ひとつ重苦しく頷いた。
「左様。神は言われた。傍に居て力を貸すように――と。そして此れが、我が神よりお前らへ託されたものだ」
 言うと、彼は軽く左の足を引くように歩きながら白龍に近づき、その顔の前で緩やかに右手を持ち上げた。
 ――蒼い石の指輪が煌めく。
 弾け飛ぶように、青白い光が放出されたかと思うと、白龍はがくり、と片膝をついた。
「白龍?! 何をしたの?!」
 慌てて白龍に駆け寄り、額を押さえるようにして蹲っている白龍の身体に触れながらも比胡を睨み付けた。
 まるで彼は何もしていないかのように涼しい顔をしていて、怖くなる。
 けれど、直ぐに彼が何をしたのかが わかった。
      ドク ン
 身体の内より溢れ出そうな熱いものが込み上げる。
 此れは何、と聞く前に解ってしまった。知っている筈が無いのに、わかってしまった。
 此れは――。
「五行の力……」
 白龍が、小さく呟く。
 今までとは違う、言うなれば“力が溢れ出てくるような”感じだ。
 其れは皆にも影響を与えたようで、一様に不思議そうな顔をしている。
 その光景を見て、比胡はふ、と小さく息を吐いた。
「此れで怨霊との戦いも“以前のように”楽になるだろう。――精々力を使いこなせるようになれ」
 僅かに強調された言葉は、彼もまた以前の時空を知っているような気がして、言いようの無い感情を、私は胸に感じるのだった。



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