心が揺れていた。
平知盛――あの男はどれ程の運命を乱世に陥らせたのだろうか。
心は、揺れていた。
あの男の言った台詞が頭から離れない。
結局私は、運命を狂わせていただけ?
助けたいと願うことも、救いたいと思う事も……運命という名の川の流れに背くだけの行いだったと言うのか。
私は、間違っていたのだろうか……?
今まで感じた事の無い種類の迷い。
只がむしゃらに皆を助けようとした時とは違う、迷い。
どんな業でも背負う心積もりだったのに、辛くて耐えられないような気持ちになるだなんて。
水を奪われた魚のよう――。
「神子、殿は私が務めよう。九郎達と先に行きなさい」
すらりと剣を構え、静かなる声で先生が言い放った。
その声にはっとなり、顔を上げる。
幾ら知盛を取り逃がしてしまったとは言え、戦場で気を抜くだなんて。
「解りました、先生……」
此のまま此処に居ても足手まといにしかならない。
そう判断出来る程度の分別は未だ残っていた。
先生を一人残して行く事に恐れはない。
あの程度の敵に負ける筈は無いだろうと思って居たから。
どんな時でも気を抜くべきでないのは解っている。
しかし此れは、先生に対する“信頼”だ。
第一、先に引き出したのは平家の軍。
多少の攻防をすれば容易に退却する筈だ。
「――先生、御気をつけて」
先生の元を離れる間際に九郎さんが先生へとそう声を掛けた。
短い言葉なれど、其の分信頼しきっている事が窺えた――。
――源氏の被害は、予想以上に大きなものだった。
戦を終えた後に、屍となって帰って来た者達を痛ましげに見遣る。
せめてもの救いは、怨霊になっておらぬ事か。
「先輩!」
遠くの方から耳に馴染んだ声が聞こえた。
……この地で、私を先輩と呼ぶのは唯一人しか居ないけれど。
「譲くん……」
駆け寄ってきた姿を視界に入れ、私は緩く瞬きをした。
まるで譲くんの方が戦い抜いて来たような程疲れきった顔をしている。
「……無事、だったんですね…良かった。……でも、少し顔色が……」
気遣わしげな声は、右から左に抜ける如く。
曖昧な返事を返していた時に、微かな話し声が耳に入って来た。
「――平知盛が……」
恐らく、会話の主達は景時さんと、九郎さん。
暫くの間、何事かを話していると思ったら、その二つの気配が近づいて来る。
「……望美、と言ったか。お前は、平知盛を知っていたのか?」
問い詰めるようなものでは無く、事実確認のようなものだった。
それはそうだろう。
あの時の私と知盛の態度は、昔馴染み等そんな優しい雰囲気では無かった。
私の態度を見て、仇を取ろうとしているとでも思ったのかもしれない。
「先輩が知り合いな筈は……」
直ぐ様答えようとしない私の庇うように、譲くんが口を挟む。
だが、私はそんな気遣いを断わるかのように、声を出した。
「知って居ます。――幾度も、剣を交わした事が」
実と言えば事実で、虚構と言えば虚構。
そんな私の言葉を如何取ったのか、二人は緩く頷いてみせる。
――疑っている素振りは、無い。
「先生はお前を認め、俺自身お前の力は高く評価している。その武、我が源氏の軍にて振るって貰いたいのだが如何だろうか」
きっかりとした物言いは、今までに無い程に対等以上の態度だった。
嘗てこれ程高く評価されたことは無い。
だが、この評価はきっと絶体絶命だった状況を打破したからこそなのだろう。
ならば、恨まれこそすれ、感謝される謂れなど無いのだ。
平知盛に逆鱗を与えた――事の発端は、私にこそあるのだから。
「……はい。御迷惑を掛けないように、……精一杯」
例え、心奪われた相手を殺す事となろうとも。
己が蒔いた種は、自ら刈り取らねばならない。
結局こうなる運命なのだと、自らの心に言い聞かせる。
同じ空の下に居たとて、結局、互いの命を奪い合うという残酷な運命……。
先生が戻って来たと言う報を聞きながら、私は、自分の想いを封じ込めた――。
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長々となりましたが戦場は此れにて一時終了です。
展開が遅くて申し訳ないです_| ̄|○