先生が朔の腕を手早く応急処置した後、私達は九郎さん達がいるであろう場所へと急いだ。

「此方だ」

 息の乱れの一つもない先生と、走り、駆け抜けた事で荒い息を吐く私達。

「……ッ、居た……!」

 部隊を分散させていた不意を付かれたのか、残っていたのは九郎さん、弁慶さんと……本来ならば、此処に居る筈のない景時さん、そして、数人の兵士達。

 平家の軍勢も其れ程多くはなかったが、数だけを見ても圧倒的に源氏方が不利だ。

「助太刀します!」

「先輩?!」

 譲くんの動揺した声が聞こえたが、今は構ってはいられない。

 朔と白龍にはその場に残るよう言い、譲くんにその場を任せる。

 先生は何も言わずとも私の背を守るようにして立ち、兵士達に立ち向かってくれた。

 背中を任せられる相手、というよりは、どこか私ごと守ってくれるような安心感さえある。

 けれども、頼り過ぎるのはいけないのだ。

 ぎゅっと気持ちを引き締めながら、決して殺さぬように加減をしながら平家の兵達を切って行く。

「くっ……!」

 突如として現れた助太刀に、平家の軍は慌て、何とか将である九郎さんの首を取ろうとしたのか一斉に九郎さんに襲い掛かっていた。

 九郎さんに向けて避けるのに困難そうな剣を振るっている者は二人。

 させない――!

 もう一方の男に先生が向かったのを見ると、私は
 大きく剣を振り上げた方の男の横腹を、力いっぱい横に薙ぎ払う。

 剣が骨に弾かれる感触。

 力が足りない、とそう自覚しながらも、この男は此れでもう動けぬだろうと予測し、振り返りざまに背後に居た兵を切り払う。

「ぎやぁああああ!」

 先生に切られただろう男が、悲惨な悲鳴を上げた。

 意識を散らしたつもりは無いが、ちらりと横目で見遣ると、男の右腕の、肘から先が失われていた。

 先生が切り落としたのだろう。

 僅か一振り――それも一瞬で切り落とすなどとは、余程の腕と力を持っている者にしかできない。

 その光景を見ていた平家の軍は、じり、と後ずさり、恐怖に顔を染めていた。

「お、鬼だ……! 鬼が居るだなんて聞いてないぞ……!!」

 怯んだ隙を見逃してはいけない。

 死を覚悟で向かってこられる可能性も無いわけではない。

 血で妖しく光る剣を構え、私は再び残りの兵達に切りかかった。

 徐々に人数を減らして行く。

 やがて、立っている平家軍が居なくなった時、漸く肩で息をすることが叶った。

 息を整えながら周囲を見渡すと、先生の他に折り重なった平家軍の傍に残っていたのは九郎さん、弁慶さん、そして、景時さんだけ。

 他の源氏の兵達は、やられてしまったのだろう。

 もう少し早く着いていれば、と悔やまれてならなかった。

「先生……助かりました。有難う御座います。先生がいらしてくれなかったら如何なっていたことか……」

 リズ先生に礼を述べる九郎さんは、余程精神的にも参っているのか、これまで見たことが無い程に気弱だった。

 景時さんが、「ありがとう」と笑顔で礼を述べ、私の横を通り抜けると此方に近寄ってきていた朔に駆け寄っていた。

「――お前も、女ながらに見事な腕だった。感謝する」

 今度は此方に向き直り、深く頭を下げてくる九郎さんの潔さに、止めて下さいと叫びそうになった。

 何故なら、こうなった原因の一旦は恐らく私にあるのだろうから。

「九郎、女ながらに、というのは余計な一言ですよ。……でも、本当に助かりました……ええと……」

 弁慶さんが優しげな微笑を浮かべ、私の顔を見て少し困ったような顔をする。

 この運命では初対面だから、知らなくて当たり前なのに、知らない人を見るような目をされるのは何時になってもツライ。

「春日、望美です」

「望美ちゃん。朔のことも助けてくれちゃったみたいで、ほんと、助かったよ」

 朔の怪我を労わるようにしながらも、心底感謝をしている声音で笑ってみせた。

「……あの、先生。この者達は……?」

 九郎さんが躊躇いがちにリズ先生に問いかける。

 無理も無い、戦場で出会った者達だ、幾ら恩師と共に現れたとは言え、警戒しない方がおかしい。

「神子は、私の神子だよ」

 涼やかな声が、凛と響く。

 戦場に子どもが居ることに驚いたようにしている九郎さんに向け、先生は言葉を発した。

「……龍神、白龍の神子だ」

 その言葉に反応したのは九郎さんではない、其れまで話を聞いていた弁慶さんだった。

「龍神の神子――まさか、……いや、こんな時勢だからこそ、なのかもしれませんね……」

 得心したように頷き、こんな状況ですからと前置きをして各々簡略な自己紹介をする。

「……いま、如何なっているの、ですか……?」

 震える声で、真偽を確かめようとする。

「――其れが、良く解らないんだよね〜。まるで平家軍がこっちの動きを知ってるみたいに動いてさ……」

 どくん、と心臓が跳ねた。

「途中までは、優勢だったのですが……平知盛が現れてから、戦況が一転しました」

 源氏の軍を散らして被害を最小限に留めていますが、と厳しい声音で続けた。

 嗚呼、矢張り――。

 大きく歴史を変えてしまったのは……あの、男。

「……油断した、とは思いたくは無いが……全ては、俺の不手際だ……」

 九郎さんが、自分を責めるように苦渋に満ちた顔を作る。

「違います……!」

 悲鳴のような声が、私の喉を引き裂くかの如く絞り出された。

「望美……?」

 朔が、心配そうな声音で窺ってくる。

「九郎さんは、悪く……無いです――」

 何を言っているのだと言いたげな九郎さんの視線が、痛い。

 解らないだろう。解る筈ない。

 全ては私の罪。

 告白することすら叶わない、私の、重罪――。

 だから。

「……このままには、してはおけません」

 私は。

「この状況を打破しなきゃ」

 決意しなければ、ならない。

「だから」


「――平知盛を、叩きます」



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