「グッ!」

 地面を背にするよう、仰向けに転がった私の左腕を知盛が踏みつける。

 そう、腫れ上がった――折れているであろう部分を狙って、捻るように。

「先程まで……剣を向け合っていた相手の様子を窺うのに、剣を捨てるとは大層、余裕なことだな……」

 知盛の左腕も、ぶらりと垂れるように揺れているまま、最早持ち上げることも出来ぬ様子だ。

 其れに加え矢張り落ちた際の衝撃は並々ならぬものだったのだろう、呼吸は苦しげで、真っ直ぐに立つことすら大変であるようだった。

「と、知……盛……ィ」

 私の呼びかけにニヤリと顔を歪ませると、知盛は緩慢な仕草で身を屈め、私に覆い被さるような位置を取った。

 ――逃れられぬように、きっちりと逃げ場を塞いで。

「俺を追って来たのか? 放っておけば勝手に死んでいたのにな……、それを態々追ってくるとは……クク、随分と俺も、執着されたもんだ」

 知盛は剣を持ったまま、其の腕を緩く下方に下げる。

 裂く為、突く為での持ち方ではない。

 ただ、剣は“持っている”状態にしているだけ。

 腕に掛かる力が無くなった事で幾らか気持ちに余裕が生まれた。

 だがそれも一瞬の事。

 鋭い痛みが脳天を駆け抜ける。

 グチュ、と水っぽい音がやけに耳に響いた。

「……俺と共に死にたかったか?」

 傷つけられた脇腹。

 その中を更に抉るように知盛の指が、差し込まれる。

 何かを探すように、深く、深く、……容赦無く。

 濃厚な血の匂いは一体誰のもの?

 コツン、と何かに当たったように知盛の指が止まる。

 見えなくとも、私の身体だ。

 何が起こっているのかなんて、少なからず解るものだ。

 そう、知盛はまるで私の骨を取り出そうとするかのように、肋骨の周りに指を潜らせる。

 痛いだなんて知覚するよりも表現できぬような衝撃が身を襲う。

「――神子殿、お前の剣は其処に在るじゃないか」

 そっと耳元で唆すように囁く声を朦朧とした意識の中で聞いていた。

 俄かに動きを緩めた手、至近距離に見える知盛の口許は笑みを浮かべているかのように弧を描いている。

「痛いだろう? 苦しいだろう? 其の剣で、俺の残った腕を断ってしまえば、苦痛から解放されるんじゃないか……?」

 手を伸ばす。

 指に触れた硬い感触は、剣の柄だ。

 ガンガンと痛む思考を懸命に巡らせようとしても、もう痛いのは厭だという結論にしか達せ無い。

「片手が動かず、もう片方も失ってしまえば顎門だけで肉を喰らうただの獣にだって成れる。ククッ、それも悪く無い。……まあ、出来ぬのならそれでも俺は一向に構わんのだがな」

 す、と知盛は徐に腕を動かし、剣先を私の喉元に突きつけた。

 チクリとした痛みは、刃が皮膚に触れたからか、傷つけたからか……最早其れすら解らない。

「……刺した喉は慟哭と悲鳴と懇願以外に他に何が出る? お前は一体何を語る?」

 まるでこの一瞬すら愉しむように、知盛は語る。

 徐々にその音のひとつひとつが緩慢になって行くのは、――恐らく、身体に無理が来ているから。

 即座に答えることの出来ない私に眉を顰めるようにしながらも、知盛は私の答えを待った。

 もう、全てに厭いてしまったかのように。

「私、は……」

 一体何の為に知盛を追って来たのか、思い出そうとした。

 嗚呼。身体も、心も、何処も彼処も痛くて痛くて仕方が無い。

 私は、一旦手に取った剣をきつく握り締め、渾身の力で其れを振るった――。




Back】【Next
【知盛TOP】
【遙かTOP】