下降して行く身体に、余りに速度がつきすぎないように崖からはみ出るように生えた木に剣の鞘を当てる。

 黒とばかりしか思えなかった暗い色をした木も、眼下に迫れば十分な緑色をしていることがわかる。

 かと言って、正面からそれに突っ込みたいなどとは思わない。

 ぐ、と身体を丸めるようにしてから剣を自分の下になるように正面に構える。

 曲がりなりにも此れは白龍が与えてくれた剣。

 此の程度で折れてしまうとは思えない。

 何より、――熱いのだ。

 懐に入っている、白龍の逆鱗が。

 私を守るように、熱く、輝いているかのように。

 嗚呼。だとしたら如何か、知盛のことも守って下さい。

「ッッ!!!」

 木々の枝に突っ込むように身体が落ちる。

 剣があるからこそ致命傷になりそうな一撃はないが、避け切れなかった枝が身体に当たっているのが解る。

 落ちた場所が岩の上であったのならば、恐らく助からないだろう。

 だが不思議と戦地に赴くよりも恐くはなかった。

 何故だか死なないと言う確信があったから。

 ――そして、知盛もきっと死んで無い。

 其れは確信と言うよりも、願望であったのだけれど。

「――アッ!」

 一気に視界が開けたと思うと、一面に緑色した大地が広がる。

 咄嗟に身構え、剣を手放すと何とか転がるように地面に左手をつけ、驚いた。

「……苔?」

 思いの他に身体に感じた衝撃は軽い。気を失う事くらいは覚悟していたのに。

 其れはふわりと大地を覆うように繁茂したこの苔のお陰だろうか。

 偶然か……其れこそ“龍神様”が助けてくれたのかまでは解らなかったけれど、苔に救われたのは事実だ。

 感謝の意を込めて右の指先で緩く苔を撫でた所で、紅い染みが出来ていることに気付いた。

 間違いない、其れは血痕だ。

 触ってみると其れはまだ真新しく、知盛のものであることが容易に知れた。

 ――無防備な状態で落ちて、良くもまあ直ぐに動けたものだとは思ったけれど。

 だが、良く見てみると其れは引き摺るように続いていて、その軌道を追っただけで直ぐにぐったりと木に寄りかかるようにして座っている知盛を見つける事が出来た。

 追った傷の深さと、落ちる際の対応が与えた差だ。

 残った剣を一本抱えるようにして、目を伏せたままぴくりとも動かない知盛に心配になり傍に行こうとしたが、立ち上がろうと身を起こした所で刺された腹と、――左腕が酷く痛んだ。

 僅かに見下ろすと左手は腫れているのか、肘下から右腕よりも太くなっているように感じる。

 ……折れたのかもしれない。

 痛い筈なのに、余り左腕が痛いと感じないのは腹の傷の所為で痛覚が麻痺してしまっているからだろうか。

 痛む身体を何とか言い聞かせながら、剣を右手に持ち、ゆっくりと知盛の方へと近づいて行く。

 幸いにしてそう距離は無い、然程の苦労はせずに知盛の傍に辿り着いた。

 其処まで来ても、未だ知盛は身動きひとつしない。

 まさか……。と、ひとつの不安が胸を過ぎる。

 どさっと剣を置き、知盛の身体に触れようと膝を付い――。

「そんな容易に剣を手放すものではないな、神子殿……」

 低く囁くような声が聴こえたと同時に、私の世界は反転した。


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