パサ、と幾ばかの髪が舞う。

 紙一重とは正にこの事かと変に冷静な部分で考えた。

「くぅっ……!」

 怪我をしているとは思えない素早く重い太刀筋に、受けとめるのがやっとと言った所だった。

 ――矢張り、強い。

 ぎりぎりで避けたつもりでも予想以上の動きを見せる太刀に致命傷には至らないまでも細かな傷は数え切れぬ程できていた。

 だがそれは知盛とて同じ事。

 実際に大した時間が流れているわけでもない筈なのに“私達”は長らくの間そうしているように感じた。

 可笑しかった。知盛だけでなく、私も……。

 ――まるで剣を交えることを愉しんで居るみたいだ。

 あの夜を思い出す。

 貴方が生きられる運命を最初に諦めようとした夜を思い出す。

 過ちを犯した夜。間違いを犯した私。

 私を追ってきて、なんて、悲劇の幕開け以外の何でも無かったね。

 再び時空を越えて、貴方が起こした惨劇に気付いた私は今度こそ本当の意味での終止符を打つつもりだった。

 貴方を憎み、倒す覚悟を胸に抱いて。

 だけど、今――。

「矢張り“お前”が一番強い――」

 その言葉が素直に嬉しいと思う。

 他の時空のどの私でも駄目だった、私でなければ駄目だったと言う事実。

 嗚呼、出来るのならば此の侭永遠に戦っていたい。

 兵達の悲鳴からも、肉の切れる音からも、苦痛に満ちた声からも耳を塞いで、目を背けて。

 ただ、貴方と剣を交えていたいと願ってしまう。

「……でも、終わりにしなくちゃね」

 永遠なんてものは何処にも存在しないんだから。

 此れまでの責任は、取らなければならない。

 ――全てを、終わらせましょう。

 ふ、っと脱力感に身を委ねる。

 不意に腕の力が抜け、右肘が微かに浮かせた。

 その一瞬の隙を見逃す程に知盛は寛容な男ではない。

 歪に唇を歪め、私の脇腹を抉るように、鞘ごと突きつけるような形で腕を捻りこませて来る。

 ――瞬きする間も無く、脇腹が燃えるように熱くなった。

 脹脛に感じるのは、私の脇腹から伝って落ちた血だろう。

「…………嗚呼、」

 溜息の様な声を洩らした後、私の脇腹を抉っていた剣が、地面に落ちた。

 此れ以上傷つける刃物が無くなったからと言って、痛みが引く訳じゃない。

 今直ぐ膝をついてしまいたい程に痛い、いたい、イタイ。

 でも、私は此処で倒れるわけにはいかなかった。

 渾身の力を振り絞り、剣を知盛に突きつける為に、持ち上げた。

「知盛殿!!」

 異変に気付いたのか、敦盛さんの声が聴こえた。

 だが、知盛は其れに応える訳でなく、私だけをただ見据えて――嗤った。

「流石、神子殿。……良い腕、だ」

 止め処なく流れ落ちた液体。

 大地を紅く染めているのは、知盛の左腕から流れ出た――血だ。

 左腕の腱を切断した。

 骨ごと切り落とすだけの腕力は今の私には無かったが、私を攻撃する際に出来た隙に、其れくらいのことは出来る。

 ……骨より離れた筋肉は、最早何の意味も為さない。

 本当は、もっと剣を交えていたかったけれど。

「……もう、左腕は動かないでしょう。片手で私を遣り合うつもり?」

 此れ以上続けても無駄だと言う事を、私は知盛に告知した。


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