「――おい、敦盛。お前この状況をちゃんと見て言ってんのかよ。こっちには源氏の主力陣が揃ってるんだぜ。逃げんのはお前の方だろ」

 此の侭では勝ち目は無い、逃げろ。

 恐らくヒノエくんは敦盛さんに対してそう言っている。

 共に熊野で育ってきた者同士、戦いたくない気持ちが其処にはあったのかもしれない。

 けれど、私は其れは無理だと悟ってしまった。

 敦盛さんは恐らく、退く事をしないだろう。

 そう感じさせる何かが敦盛さんの目にはある。

 迂回して行こうにも、右手は大岩が邪魔をしており、左手は崖で、木々に覆われていて下は見えない。

 如何あっても此処で敦盛さんを退けねば前にも進めないのだ。

「解っていても退けぬ戦いもある。……私は、逃げない。この身に宿る禍々しい力を使い、誰を傷つける事になったとしても」

 紡がれた敦盛さんの言葉の意図を、正確に理解できていたのは一体此の中にどれだけいたか。

 ただ、揺るぎないその立ち振る舞いから、彼を越えて知盛の所へ行くのは酷く困難なことのように思えた。

 ――そう。越えて行こうとしたならばの話。

「……ック。ご大層な決意だな敦盛。――だが、俺は神子殿を“通せ”と言った筈だが?」

 悠然とすら感じる口調。

 誰もが皆、其の声がした方に視線を向ける。

 私達に対して構えていた筈の敦盛さんですら、余りの事に私達から意識を逸らし背後を振り返った程だ。

「お前は、平知盛!!」

 此れまでの屈辱の戦は全て知盛の手により齎されたものであるが故に、真っ先に九郎さんの怒声が飛ぶ。

 怒りを露にし、其れを一向に隠そうともしない。

「知盛殿! 未だ受けた傷が癒えていないのです。此処は私が……」

「そう言うのならお前は他の奴等の相手でもしていろ。俺の目的は神子殿だけだ」

 ぴしゃりと言い切るかのように知盛は敦盛さんを一瞥した。

 傷、というのは身に受けた矢の傷のことなのだろう。

 平然とした顔で剣を構え立っている知盛からは、全くそんな気配は見受けられなかったけれど。

 未だ何か言いたそうにしていた敦盛さんであったけれど、彼も知盛が言って聞かぬ人物であることは重々承知していたらしい。

 御武運を。と小さな声で呟くと、彼もまた武器を構え戦闘体勢を取った。

 ――やめて。

 咄嗟に、思う。

 敦盛さんが皆と戦う姿なんて、見たくなかった。

 今まで一度だってそんな光景見たことが無い。

 だが、無常にも時間は巡る。

 運命が私を突き落としたように、残酷に。

「余所見とは余裕だな、神子殿」

 思わず敦盛さんの方へ視線を奪われていたのか、直ぐ間近で知盛の声が聞こえ、反射的に剣を構えた。

 ガキ、と刃物同士が擦れ合う音が響き、何とか第一撃を受け止められたことが知れる。

 ――いや、何とか、という話ではない。

「……声を掛けなければ一発で終わっていたのに」

 明らかな手加減と、忠告。

 其れはこの剣合わせを愉しみたいという知盛の心の現われか。

 剣越しに視線を交えさせると、知盛はニヤリ、と嗤った。

「――愉しもうぜ、神子殿」

 まるでその一言が合図であったかの如く、平家の軍が一斉に飛び出して来た。

 此れで五分と五分だ。

 そう知盛が言った気がし、戦いの火蓋は切って落とされた。


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