源氏の兵が居る、と言う報告があった。

 ならば殲滅しろという命令を発した暫くの後、戻って来たのは任務終了の言葉ではなかった。

「知盛様! 鬼です、鬼が……!!」

 転がり込むようにして報告して来た雑兵をちらりと横目で見遣る。

 鬼――とは即ち、源氏の神子の傍に居たあの男の事を示すのだろう。

 見覚えも、剣の腕にも覚えがある。

 あれも中々に強かったが、幾度となく剣を交えるうちに悟った。

 ――鬼は、自分に勝てはしない。

 恐らく己の剣を振るう独特の感覚が、鬼にとっては不得手とするものらしかった。

 其れさえなければ源氏の神子よりも強く感じることもあったかもしれぬ。

 だが、そんな仮定は存在しないが故に、己の鬼へと対する興味はまるで無いのだ。

「とは言うものの、お前らに鬼の相手は無理と言う話か」

 面倒臭そうな素振りを隠そうともせずに立ち上がると剣を取った。

 何より、あの鬼が居るのならばこの近くに源氏の神子が居る可能性も高い。

「さて、この時空は少しは愉しめるか……?」

 自問めいた言葉は、鬼の出現に動揺している兵達の耳に届いている様子もない。

 下らないと思いながら、足手纏いになる者はいらないと言い残し、一人、鬼の所へと向かった。


「ほう。此れは此れは……中々、好き勝手をしていただいたようだ……」

 累々と地面に転がる自軍の兵。

 其れを切り捨てていったのは鬼の容貌をした男であることは明白だ。

 たった一人にやられるのかと自軍の兵の弱さに呆れを通り越し、何の感情も湧かずにいる。

 鬼と剣を交えるのに邪魔になりそうな男を蹴り飛ばし、横へと退けた。

 小さく呻いたが、どうせ長くは持つまい。

 ならば精々邪魔にならぬ所に転がっていれば良いものを。

「……平知盛、か。逆鱗の力を使い、時空を越えたな」

 此れだけの兵を相手にしておきながらも僅かな息の乱れも無く、すい、と鬼が剣を構えた。

 だが、疲れていないということも無いのだろう。其れは気配からも感じ取れる。

 そんな状態で俺に勝てると思うな、と笑い飛ばしてやりたくなった。

「そう言えば、お前も逆鱗を持っていたな……。ック、神子殿からの賜りものか?」

 其の問い掛けに、鬼は答えない。

 図星であったのか、はたまた答える必要も無いということか。

 どちらにせよ、面白くは無かった。

「下らんお喋りは必要無いか……」

 周囲を探ってみても、源氏の神子は見当たらず、鬼一人きりのようだった。

 ならば、其れこそ“鬼退治”をして隠れている源氏の神子を見つけてやろう。

 最初の一太刀は戯れのように軽く踏み込む。

 そうと予想していた通り、鬼の剣がガキリと己の剣を受け止め振り払った。

 その迷いの無さから、此の男は今この時空に居る己とは剣を交えたことがないのだろう。

 ……其れは当然かもしれない。

 何故なら、どの時空でも己は此の男は殺しておいているのだから。

「……無駄なことと気付かぬのは哀れだな」

 嘲笑するように呟いてみても何のことかは知れなかっただろう。

 鬼は何も言わずにただ、幾度も振りかかる剣を払い除けていた。

 ――何度、其れが続いたのだろうか。

 防戦に徹する鬼に、……飽きた。

 もうそろそろ遊びは終わりにしようと剣を持ち上げた所で鬼が口を開く。

「神子の願いは、お前と共に在る事――」

 キィ、ン。

 鬼が紡いだ言葉が気に掛かり手が緩んだのか、切りつけるつもりで振った剣が弾かれる。

「……戦を止め、神子の願いを叶えて欲しい」

 ――一体何を言い出すのか。

 だが鬼の口調は極々真剣で、其れを真に望んでいるのだと、己ですら知れた。

 嗚呼、何て麗しい師弟愛か。

 他人のことであるのにこれ程真摯になるのには、胸が打たれる程。

 だが――。

「答えは、“否”だ」

 攻撃せぬとは手緩い事。

 左に持った剣を、鬼の脇腹と腕の間に滑り込ませ、外に向かい振り上げた。

 ゴキ。と言う鈍い音と、其れに連なるようにピシピシと言う音が響く。

 ガチャリ、と重い音がして、剣が直ぐ真下に落ちたのが知れる。

 やがて剣に何の負荷が掛からなくなった事から、鬼の腕が吹き飛んだ事が解った。

 此れが、生温いことを言った結果。

 己は源氏の神子と戦う為に此処に居るというのに、其れを捨て去る通りなど何処にも見当たらないのだ。

 更なる追撃を逃れるように後方へと鬼が飛び退く。

 最早剣を振るう腕も無いと言うのに、無様に。

「いやああああああああああッッ!」

 悲痛な、悲鳴としか言いようのない声が木々の隙間から発せられた。

 其処に己が捜していた女の姿を見つけ、間違いなく己は――嗤った。

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