茂みで息を潜め、ただ只管に人が通り過ぎるのを待った。

 背中にじっとりとした汗が浮かぶのが解る。

 此方に気づく様子も無く、しっかりと武装した兵達は山道を歩き難そうに通り過ぎてゆく。

 ――知盛も、動いていたのだ。

 最早そうとしか考えられなかった。

 今の時期にこんな所に兵が居る筈も無い。

「……行ったようですね」

 見つからずに済んで、何処か安堵したような譲くんの声が背後から聞こえた。

 其れに緩く頷き返す事で同意を示しながらも、思考は既に次のことに移っている。

 平家の軍はそれ程多くはなく、知盛のみが率いて来た事が知れる。

 しかし、現時点で平家の軍に圧倒的に数で負けていた。

「……弁慶さん」

 まだ何処に敵が潜んでいるか解らないからこそ、自然小声になる。

 呼びかけると、彼は何も言わずとも解ったようにひとつ頷いてみせた。

「人を遣り、援軍を願いましょう。幸いヒノエが今平家の動向を調べてくれていますし、平家も援軍を呼んでいるようだったら直ぐにわかるでしょう。……しかし、これはまた厄介な事になりましたね」

 若しやとは思っていたが、事実こうなるとは予想していなかったように弁慶さんは口にする。

 そうであるのだろう。

 こんなこと、本来ならば起こる筈の無かった出来事なのであるから。

 だからこそ、決意を新たにせねばならない。

「此処で、終わらせる……」

「神子」

 しっかりと言い切った時、白龍が服の袖を掴んだ。

 如何したのかと問い掛けかけるも、白龍の視線の先に人影が見え、咄嗟に身を低くする。

 幸いにも気づかれていないようであったが、格好からして平家の者達であることが知れる。

 ――そして、その中に一人混じるように……見覚えのある人物を一人、見つけた。

「……敦盛さん」

 知盛が連れて来たのだろうか。

 だとすればとんだ悪趣味な趣向である。

 彼は私達の事を知らぬ故に、若しも逢い見えることがあれば間違いなく戦闘となるであろう。

「神子、動揺してはならない。心の乱れは、剣にも顕著に現れる」

 まるで私の気持ちを悟ったかのように先生は静かに窘めた。

 先生もまた、敦盛さんのことを知っている。……複雑ではないわけがないだろうに。

 すっきりとしない思いを抱えながら、私はまた、言葉も無く頷いてみせるのだった。


「兎も角、援軍が着くまで敵に悟られぬように……尚且つ足止めをする方法を考えなくてはなりませんね」

 予想外の敵の進軍の速さに、すぐさま一計を案じねばならぬ状況は自然と弁慶さんの顔を険しくさせている。

 だが、そのように悠長な事を言っていられぬ状態に、私達は追い込まれてしまった……。

「ぐ、軍師様、神子様、大変です! 平家の軍が此方に気づき、攻め入って参りました……ッ!」

 息を急ききらせて火急の知らせを持ってきた源氏の兵の言葉に、血の気が引いた。

 このように慌てて駆け込んでくる程だ、連れて来た源氏の兵に既に被害が出ているのかもしれない。

 先程隠れていた時に既に発見されていたのだろう。敵が此方に気づくのが余りにも早すぎる。

「くッ!」

 剣を手に取り立ち上がると、す、と先生が手で私を制するように動いた。

「此処は私に任せ、お前は源氏の者達を一時避難させなさい」

 逆らう事も許さないような強い語気で言われ、自分も残る、とは言い出せなくなった。

 けれども、先生一人を残していく事には躊躇いがある。

 其れに気づいてか、先生は目元を緩め、笑みを浮かべるとゆっくりと語った。

「私も直ぐに追う。心配する事は無い、さあ」

 念を押すように言われ、他の皆からも急ぐように促される。

 悩んでいる暇も残されてはおらず、此の場は先生に任せた方が懸命だと、そんな気がした。

 それでも……。

「早く来て下さいね。無理は、しないで」

 一言言わずにはいられなくて、まるで懇願のような響きを以って先生に告げる。

 其れに対する先生の答えは、ただ一言きりだった。

「約束しよう……。必ず足止めをしてみせる――」


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