「――では、先に平家の軍に攻め込む、と……そうおっしゃるのですか」

 俄かには信じられる筈もない。先生に提案された九郎さんの声は硬いものであった。

「平家の軍も、若しかしたら動いているのかもしれないんです。九郎さん、如何か……」

 敗戦の色が濃く滲み出た源氏において、迂闊な動きは出来ることはないとわかっていた。

 しかしそれでも何とか説得せねば未来は無いのだと、そう思った。

「言いたい事は解る。例え小部隊だったとしても、敵方に先に動かれれば源氏は手痛い打撃を喰らう。だが、兄上の許し無に兵を動かすわけにもいかないのだ」

 苦々しい顔をしているのは、九郎さんも少なからず私達の意見に賛成しているからなのだろう。

 ちらりと視線を景時さんに向けると、彼も難しそうな顔をしていた。

 恐らく、源頼朝が其れを許すことはないのだと。

 此れが残された最後の手段であるというのに、早くも道は閉ざされてしまうのかと手をきつく握りこむ。

「……何も、兵を全て動かせとは言っていない」

 静かに、先生の声が響いた。

 部屋の中に居た皆の視線が先生へと向く。私も例外ではなかった。

「如何いうことですか?」

 瞬時に言葉を発する事ができなかった全員の代わりに、弁慶さんが口を開き先生に問いかけた。

 其れに答えるように、先生は一度目を伏せてからゆるりと言葉を紡ぎ出す。

「平家が動いているという確証はない。が、動かれては厄介なのも事実。ならば見張りとしての小隊を赴かせては如何か。万が一敵が攻め入って来た時、時間稼ぎの為に、腕の立つ者が必要だ、と言えば良い」

 そして、その中に自分達を入れておけば良いのだと先生は続けた。

 名目上はそうしておけば、ある程度の自由は利きそうだと感心する思いで師を見遣る。其れならば行く事も叶うだろうと九郎さんの返事を貰おうとすると、何故だか彼は少しだけ複雑そうな顔をしていた。

「……しかし、それでは」

 此れ以上何か問題があるのだろうかと不安になる。だが、それもほんの些細な杞憂だと直ぐに気付かされることとなった。

「望美さん、不安がらないで下さい。其の提案はきっと受け入れられます。……九郎は自分がついて行けない事を気にして居るだけなんですよ」

 不安が表情にそのまま出ていたのか、弁慶さんが優しい口調で教えてくれる。

 言われてみて、九郎さんと景時さんは余程の大義名分が無い限りは今此の地を離れられないのだと悟った。

 ――偵察という名目如きで、動くわけには行かない地位に彼らは居る。

「僕は望美さん達について行きます。ヒノエも当然来るのでしょう?」

 突然話を降られたヒノエくんであったが、動揺することもなく目を軽く細めて頷いてみせた。

「望美も、どうせ朔ちゃんも行くって言うんだろ? ならオレはこんなムサい所に留まっとく道理はないぜ」

 軽く片目を瞑ってみせながら言うヒノエくんの姿に、少しだけ緊張が和らいだ。

 譲くんも、白龍も、朔も……みんながついて来てくれると言う。

 危険な目に遭わせたくないという気持ちも少なからずあった。

 けれど其れ以上について来てくれるという言葉を嬉しく思ったのも事実。

 ならば必ず守らなければ。

 小さな決意をひとつ胸に、私は緩く目を伏せたのだった。


 ――翌日、私達は京を出発することとなる。



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