全ての事を告白し終えた時、落ちた沈黙がやけに長く、重く感じた。

 責められる事の覚悟はあった。

 一体どれ程の人が犠牲になったのかすら解らない状況なのだから。

「だから、私は責任を持って自分が犯した罪を償わなければならないんです」

 先生から逆鱗を貰った時と似たような状況なのに、まるで違う。

 その事が余計私の胸に重く圧し掛かり、自然手に力が篭ってしまう。ごめんなさい、先生。あの時の願いを叶えることは出来そうもありません。

「……神子」

 静かに響き渡る声に咎める響きはなく、余計不安を駆り立てられる。こんな時くらい、駄目な教え子だと叱って欲しいのに。甘やかさないで欲しいのに。

「本当に、その決断を後悔しないのか」

 ――後悔? するに決まっている。結局何時も終わりは知盛を死へと追い詰めようとしているのだから。

 けれど、其れを認めるわけにはいかない。認めてしまえば、私はもう、真っ直ぐに此処に立っていられなくなる。

「しません。しては、いけないんです。其れは、死んでいった者達への裏切りになってしまうから」

 馬鹿みたいな自責の念は、馬鹿みたいに私を縛る。

 何度運命を繰り返しても私は常に源氏側にいたのだから、それは仕方のないことかもしれないけれど。

「神子。私はお前に逆鱗を託したと言う――其れはお前と、平知盛の幸せを願っての行為ではなかったのか」

 そうであったのかもしれない。そうでなかったのかもしれない。

 私はあの時確かに知盛との幸せを夢見ていて、先生は私に決断を迫った。

 何時も、そう。先生は私に決断をさせる。明確な答えを与えてくれる事はない。

 今知盛を倒そうとしているのだって私の決断で……だったら、応援してくれたって良い筈なのに。

 こんな時に限って、そんな事を聞いてくる。

 静かに言った先生の表情は窺えなくて、私は一瞬言葉に詰まった。

 けれど答えなければならない。

 其れが今の私に出来る唯一のことなのならば。

「――其れは最初から無理な夢だったんです。どんなに好きだったとしても、助けたいと思ったとしても……知盛の助かる道は残されては居ない。たとえ同じ空の下に居ても、私達を同時に照らす太陽は存在しないんです……」

 ならば、今度こそ終焉を。

 はっきりとそう言い切った私の姿を見て、先生は一瞬だけ痛ましそうに目を伏せてみせた。

「……私は、其の選択が神子の幸せだとは思えない」

 否定の言葉は哀しく響く。でも、他にもう如何する道も選べない。

 苛立ちにも似た激しい感情が、心の奥底から湧き上がって来た。

「だったら! ……だったら、如何しろと言うんですか……。知盛をこのままにしておくわけには行かないじゃないですか……ッ」

 多くの人達と、私一人の幸せならば心を犠牲にするのは当然。皆が幸せになれる方法があるのならば、とっくの昔に其れを選んでいた。

 でも、そんな道がなかったから……私は今、決断している。

 緩々と先生は首を横に振り、小さく息を吐いた。

「たとえ我が身、犠牲にしても――いや、何が犠牲になったとしても、私はお前に幸せに在って欲しいと願っている」

 やめて。

 もう其れ以上言わないで。

 如何して其処まで私の為にしてくれようとするの。如何して死んでも構わないようなことを言うの。

 そんな言葉は、私を弱くする――。

「もう、やめてください。……私の決意を、揺るがさないで下さい」

 哀願にも似た懇願は、先生の耳に如何響いたのかは解らない。

 けれど其れ以上、私の心を揺るがす言葉が紡がれることはなかった。

「……勝ちに行くのか、神子」

 問われた言葉に頷く事で、同意を示してみせる。勝たなくては、ならないのだから。

 どんなに情けない顔をしていたって、どんなに苦しくったって、私は選んでしまったのだから。

「冷静に考えてみれば知れたこと。今の状態で進んで行ったとて、勝てる可能性は万に一つも無い。……ならば、残された道は一つ」

 考えなさい。そう言われている気がした。独りの時はあんなに回らなかった頭も、今では不思議とすぅと冷えている。残されたのは、ひとつ。

「敵に動かれる前に、此方が動く事、ですね……」

 答えを聞かずとも、此れが正解であることはわかった。未来を知っているのは相手も同じ。

 そして今、普通に戦ったとしても此方の負けは明白だ。

 ……ならば、此方が仕掛けるより他にない。

 迷いも苦悩も何もかもを封じ込めるように、私はきつく唇を噛みしめた。

 厳しい戦いになる。

 恐らく負けてしまえば全てが終わってしまう――。

 そんな予感を感じながら、実際に如何動くかを話し合う為に私達はその場を後にした。


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