勝手知ったる他人の家なんだ、そう思うものの家の前にこうして立つと緊張するのもまた事実。
肩に掛けた着替えなどの入った鞄を掛けなおす。
チャイムに伸びる手が、……戻る。
何だか、変に緊張していた。
「……ん」
決意を表すように洩らした声。
けれどもチャイムを押す前に、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
「ノゾミ?」
振り返らずとも解る、少し驚いたような声を出したのは敦盛だ。
髪を切った後姿だけだったので、良く解ったものだと感心すらする。
「ああ、敦盛。入るんなら一緒に家に入ろ」
問いたげな視線を受けながらも、笑みを作ってそう持ち掛ける。
一人でなくなれば、少しは緊張も和らぐ気がした。
敦盛の返事を待たずにチャイムを押した。
思えば、現在既に滞在している敦盛が居たのだ、チャイムを押す必要は無くそのまま入ってしまっても良かったのかもしれない。
何故なら此の場合殆どの確率で己であることを将臣は悟ってしまうだろうから。
――程無くして、玄関の扉が開いた。
出迎えたのは矢張りと言うべきか将臣で、髪を切り落とした俺の姿を見て驚きに目を見開いた後――微笑んだ。
嗚呼、やっと切ったんだな、とそう言うように。
「……遅ぇよ」
来るのが、とも、髪を切るのがとも将臣は言わない。
そのどちらで受け取っても構わないと言うように、余計な事は言わない。
そして其れが居心地が良いのだ。
「待たせたな」
悪戯っぽい笑みで以って応え、敦盛と共に家へと上がり込む。
自分の家よりも居心地が良いと思ってしまうのは一体どういうことか。
自嘲気味に笑い、俺は靴を脱ぐと緩やかに歩み出す。
「お前、荷物それだけかよ。少なくねぇか」
居間に入る直前に投げかけられた将臣の言葉に、俺はただ曖昧に笑った。
「――着れるものが少ないんだ」
サイズが、ではなくて気持ち的に。
そんな意図を込めて言った言葉は、将臣に届いたのだろう。
其れ以上何を言うわけではなく、「今度買物にでも行くか」と軽く言ってくれる。
「あれ?! ノゾミくん如何したのその髪!」
居間に居たのか、明らかな景時の驚きの声と共に出迎えられる。
視線を向けると其処には皆が揃っていて、思わず立ち止まりそうになった。
――いや、揃えられていた、と言った方が正しいか。
将臣はそういう事をする男だ。
予め、俺が此の家に移り住む事を皆に伝えていたのだろう。
未だ学校に居るだろう譲以外の全員が此の場に揃っている。
何故だか心があたたまるような気がして、ゆっくりと俺は口を開いた。
「男の長髪は現代じゃ一寸浮くんだよ。似合うから、良いだろ? ……嗚呼、そうだ」
一端言葉を切って、一番言いたかったものを、遂に口から飛び出させた。
「……ただいま」
其れに対し皆は口々に「お帰り」とあたたかい言葉で返してくれたが――ただ一人。
彼女だけが、暗い面持ちで俯いたままで……。
俺の心にも、暗い影が落ちたようにすら感じてしまった――。
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