そっと鏡を覗き込む。

 其処に居るのは、少し元気を取り戻した“女の子”だ。

 さあ、そんな“女の子”とはもうさよならしよう。

 荷物を抱えて家を出る前に、今までの自分に別れを告げよう。

 鏡の前で 髪を切る。

 少し明るい歌 口ずさむ。

 本当は自分を捨てていく事なんて出来ないだろうけど、置いて行くことは出来るかもしれないから。

 哀しい顔なんて作らずに 無理して笑って。

 そうしたら其の内嘘の笑顔も本物になるさ。

 長くて重い楔は足元にパサリパサリと落ちて行く。

 肩に乗った髪を払うともう以前とは違う自分。

 肩口の髪が無い分、其れだけ遮るものがないみたいだ。

 自然晴れやかな気持ちになった。

 見たこともない顔で、鏡の中の自分が笑う。

 ただ一つの面影を残して。

 髪を留めるピンだけは外さない。

 此れはこの世に残れなかった、姉である人が、確かに存在した証。

 自分とは違う人が居たという証。

「嗚呼、何だ、似合うじゃないか」

 髪型沢山、表情少し変わっただけで、もう少女には見えなくなった。

 青年と言うのはおこがましいけれど、それでもぐんと少年の域に見える。

 だけれどその分、持っている服がとても不釣合い。

 少しだけ考える素振りをして、其れから直ぐに鼻歌を口ずさむ。

 そんな服ならいらないじゃないか。

 沢山ではないけれど、お金だって少しの貯えはあるのだから。

 着られそうな服だけ大きな鞄に詰め込んで切ったばかりの髪を踏み付け部屋の外に出よう。

 散らばった髪は 態と片付けない。

 無人の部屋に散らばった髪を見て、“望美”は死んだのだと解ってくれることを願って。

 ――そんなの、本当はちっとも期待してなんかいないけど。

 部屋を出ると、何かを閉じ込めるように部屋の扉を閉める。

 ……最後の瞬間に、小さく「さよなら」を言いながら。




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