「え……?」

 瞬時、ヒノエくんが何を言い出したのか理解できずに首を捻る。

 何故、そんなことを言い切れるの?

 その疑問が思いっきり顔に出てしまっていたのか、ヒノエくんは緩やかに口上を述べ始めた。

「神職ってモンは清らかさとかそいうもんを大事にする。良家ならば尚更だ。だけどな、あいつは足が悪いだろう? 其れは“穢れ”と見なされても可笑しくない。いや、オレが知っている所では殆どそうだ。……“穢れ”は、姫君には似つかわしくないよ」

 ……ヒノエくんは、それを正しいことのように口にする。

 本当にそう? だったら、比胡は“穢れた”存在?

 身体が少し不自由だっていう理由だけで?

 ――其れは、違うんじゃないか。

「……ヒノエくん。私、そういう言い方は感心しないよ。――足が悪いとか、そんな理由で今迄迫害されてきたのかもしれない。……だったら、とても哀しい人だよ。――比胡は穢れてなんかいない。私は、……」

 自分でも驚くくらいに強い語調でヒノエくんに言い放ち、一旦言葉を切った。

 解っている。

 ヒノエくんに悪気がないことぐらい。

 比胡のことで思い悩む私のことを心配して、態と比胡のことを悪い風に言おうとしているのだって、解っている。

 でも、止められなかった。

「私は比胡に傍に居て欲しいと思う」

 解らないから解りたい。

 だから傍に居て欲しい。

 それは本当に単純なことだった。

 今までは其れが上手く行かなくて苛立っていただけ。

 ――それだけなんだ。

「……悪かったよ、望美」

 表情を曇らせ、ヒノエくんは謝った。

 ヒノエくんの言葉は酷いというよりは、とても哀しいものだったけれど、ヒノエくんが悪いわけじゃない。

 全てはヒノエくんと比胡の関係が悪い所為なんだ。

 其れでも、此れ以上会話を続けてもお互い傷つけ合うだけになってしまう。

 ヒノエくんはそれを悟ったかのように、もう一度私に向け謝罪の言葉を発すると姿を消した。

 ――私は、其処から動けずにいた。

「望美さん」

 外ではない、今度は邸の中から掛けられた声に顔だけを振り向かせると、其処には少し寂しげな顔をして佇む弁慶さんが居た。

 彼の様子から見て今此処に来たのではない、少し前から話を聞いていたことを窺わせる。

「……ヒノエのこと、悪く思わないであげて下さい」

 ゆっくりと紡がれる言葉は、甥を気遣うものだったか。

 酷く優しい、大人の声だった。

「ヒノエは寂しいと感じているだけなのでしょう。君が、彼の事ばかり考えていて……出逢ったばかりだというのに、心を捕らわれてしまったから――。ヒノエは未だ若い。だから、自分の感情を隠す術を完璧に身に着けてはいない……」

 悪意があって言ったわけではないと言うのを理解してあげて欲しい。

 そんな感情が込められた言葉だった。

「私こそ、少し勝手な事を言いすぎちゃったし、……悪く、だなんて思えません。……それと、弁慶さん。私、別に比胡に心なんて捕らわれてないです」

 気には掛かるけれど、捕らわれているわけじゃない。

 そう強く言った私に、弁慶さんは曖昧に笑い、首を傾げ乍問い掛けた。


 ――本当に、違うんですか?




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曖昧模糊…はっきりせず、ぼんやりしているさま。


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