私の周りにはは感情の機微に鋭い人が多い。

 それ故に、最近余り機嫌の良くない私を気遣っている節がある。

 その心遣いを嬉しく感じるのと同時に……とても居心地が悪かった。

 気遣ってくれている人は、知っているということなのだ。

 私の機嫌が下がり気味な理由を。

 ――私が比胡のことについて苛立っているのだということを……。


「憂えた顔もまた魅力的だね姫君。……それがオレのことを想って、だったら嬉しいんだけどね」

 軽口めいたヒノエくんの声に顔を上げると、縁側に座る私を見据えるようにヒノエくんは庭に立っていた。

「やだなぁ、ヒノエくんってば。別に、誰かのこと想ってるわけじゃないよ。ちょっと考え事してて」

 私の言葉はどちらかと言えば嘘の部類。“想って”、ではないけれど、誰かのことを考えていたのは事実だから。

 ……きっと、ヒノエくんは其れを見透かしている。

 此処最近、ヒノエくんの機嫌も悪い。

 誰が如何のと言う以前に、根本的にヒノエくんと比胡は合わないのだと傍から見ていても解る。

 いや、合わないと言うよりも、ヒノエくんが、比胡に対して何らかの理由によって厭っているようにしか見えない。

 嫌悪だけではない、何とも言い知れぬもの。

 ――ヒノエくんは海に限りなく近い場所で育ってきた。

 それ故に海に対しては相応の自信と、限りない警戒を抱いている筈。

 ヒノエくんの比胡への対応は、例えて言うのならば海に棲む“得体の知れないもの”を警戒しているような素振りですらある。

 ……其れを認めるのを厭うように、ヒノエくんは、比胡を徹底的に嫌う。

「なぁ、望美。お前、あいつの……比胡の事でも考えてたんじゃないのかい?」

 落ち着いた声で語りかけて来るヒノエくんは真剣で、誤魔化したりするのは失礼な気がし、私は頷いた。……恐らく私は困った顔をしてしまったのだろう、ヒノエくんが曖昧に微笑んだ。

「如何して、比胡はあんな態度を取るんだろう、って。……無理に仲良くして欲しいとまでは言わないけど、でも、余りにも、頑な過ぎる」

 ぎゅ、とスカートの裾を握り込み呟いた私に向けて、ヒノエくんは正面に立ったまま気難しい顔をしてみせる。

「オレは仲良くしたいとは思わないね。……第一あいつはあいつで好きにやってるだろ? 朔ちゃんや白龍、先生、敦盛とかとは良く話してんじゃん。あいつなりの基準があるんじゃねぇの」

 突き放したような言い方は、私が比胡を気に掛けることや、例え数人でも彼と上手くやっているのが面白くなかったのかもしれない。

 ――何故自分はこんなにも相手が苦手なのに、お前らは平気に接せる?

 そんな想いがヒノエくんの瞳から渦巻いている。

 最早此れは理屈ではなくて、魂レベルでの問題なのだと思う。

 空と大地が決して触れ合わぬように、水と火が永遠に溶け合うことは出来ぬように……覆すことの出来ぬ、根本的なもの。

 此れ以上比胡の話の続けても、収集がつかなくなるだけだと解っているのに、私の唇からは想いが溢れ出てしまい、其の奔流は止まらなかった。

「何でこんな風に嫌われるのかが解らない。ねえ、私、比胡に何かしたかな? あんな風に冷たい目、向けられるようなことしたかな? ……何で私、こんなにも、さびしいって、思っちゃうんだろう……」

 上手く行かない相手だと互いに思っていたのならば必要最低限にしか関わらねば良いだけの話なのだろう。

 けれど、違う。

 私は比胡のことをもっと知りたい。

 上手く行かないだなんて思いたくもない。

 ――彼に、笑って欲しい。

 馬鹿みたいに真っ直ぐで、純粋な願い。

 この感情の起因は、最初に冷たくされたからだけなのかもしれないけれど、真実そう願っている。

「……望美」

 抑えこんだような、低い声がヒノエくんの口からもれる。

「そんなに気にするのは止めなよ。……なぁ、そうだろ? 第一あいつさ、神職に近い良家出身のように振舞っているけれどそんなことは無い筈だ。……ほら、この時点であいつは嘘つきなんだから。姫君は嘘吐かれるのは嫌いだろ?」




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