己の知らないこと、己が話して居ないことを他人が知ってるというのはこんな感覚なのか。
柔らかに微笑みながら「先生ならそう言うと思っていました」と神子は笑う。
私よりもこの“リズヴァーン”という男を知っているかのように。
不思議な感覚だった。
だが、心地良い。
己が何かをする番だと思っていたのに、気付けば与えられてばかりいる。
心休まる時など、久しくなかったと言うのに。
今此の戦乱の中に於いて満ち足りているとは如何したことか。
神子は笑い、そして進み続ける。
道を指し示しながら、迷う事なく。
その輝きは何よりも尊く、潰えることはないだろうと思わせる程に。
……だが、その勝手な思い込みが、悲劇を招いたのだ。
「っく!」
刃と刃がかち合う音が随所で響く。
戦場に立つ一輪の花の如き戦神子は、猛然と敵に立ち向かって行く。
後もう少し、もう少しなのだと逸る自分に言い聞かす。
――もう少しで、全てが無事に終わるのだ。
神子が失われる事も無く、仲間が、誰一人として欠ける事なく。
此れが自分がしたことではないと重々解っている。
全ては神子の手腕。
運命を知っていると言うだけではない、機転に満ちた立ち振る舞いだった。
この運命は、神子自身が切り開いた。
「余所見とは随分と余裕なことだ」
「――先生!」
気付いた時には遅かった。
平家一門の……平知盛が剣を此方に向けて突き進んでみる。
斬るのではなく、差し込む姿勢。
間合いからして避けることは不可能。
嗚呼、護ると心に決めたというのに、最後の最後でこうもあっけなく終わってしまうのか。
諦めかけたその時、一陣の風が吹き抜ける。
否、風ではない。
凶刃を防ぐように立ちはだかる、その人物は。
「神子!!」
カラン、と。
神子の剣が地面に落ちるのと、平知盛の刃が神子の胸部に突き刺さるのとどちらが早かったか。
――神子は、庇ったのだ。
その身を挺してまで、私を。
ぐ、と神子は手が傷つく事も構わずに刃を握り締める。
剣が己の身体を貫通せぬように、――平知盛が、剣を引き抜けぬように。
「チッ」
舌打ちが聞こえ、平知盛がもう片方の剣を神子に振り下ろそうとする。
其の段階になって漸く固まった身体が動き、平知盛が剣を振り下ろすより先に其の脇腹を抉るように剣を繰り出すことが出来た。
目の前の事に気をとられていたのか、はたまた長引く戦で既に限界に達していたのか、男は呆気ない程に崩れ落ちる。
――其れは人間故の、現実だ。
「神子…!」
ずるり、と抜け落ちた剣と共に倒れそうになる身体を支える。
ぐったりとした様子は、とてもではないが助かりそうにない。
命の灯火は最早尽きかけている……。
「……せん、せ……、ご無事、ですか?」
「……何故私を庇った。何故……」
喋ってはいけないと言うべきなのだ。
だと言うのに、勝手に唇が問い掛けの言葉を紡ぎ出している。
神子は、笑う。
少しだけ、申し訳無さそうな顔をして。
「ごめん、なさい。……勝手に、動いてしまったんです……、ごめんなさい。先生が、……苦しむだけだ、って……わかっていたのに」
泣き笑いのような震えた声で、密やかに密やかに謝り続ける。
欲しいのはそんな言葉ではなかった。
「……先生を残していかない、……って、決めていたのに。………私」
「……神子、もういい」
苦痛に歪む顔に、其れ以上の謝罪は聞きたくなかった。
だがその声すらももう届いていないのか、きゅ、と哀しげに目を細め、最後の力で以って声を放つ。
「此れが……先生の、“始まり”だったんですね。……ごめんなさい先生、此れから先、ずっと哀しくて辛いおもいを、させて……しまう。……ごめんなさい、……先生、私、……先生の隣にいたか……」
――言葉は、最後まで紡がれる事なく。
今尊い命が失われた。
此れから先の運命を予見するかのような神子の言葉に、此れから先訪れるであろう永劫とも取れる時間の経過が恐ろしくもある。
だが――。
今しがた己の所為で死んでしまった神子の肢体を抱きしめ、唇を噛み締めた。
望むのは、お前が生きていてくれること。
諦めることはしない。
其れを、己が出逢った二人の“白龍の神子”に誓うのだった――。
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