幼き頃に見た時と寸分違わぬ――否、其れ以上に輝くように神子は笑う。
苦しい事も哀しい事も何もかも見てきたかのような瞳は、年相応とは曲りなりとも呼べない。
神子、お前は強い。
何故そんなにも強くなった? 強くならねばならなかった?
神子がただ笑って過ごせる世界であったのならば、斯様に決意に満ちた瞳をすることなどなかっただろうに。
――お前は何故、時空を越えた?
「……先生。先生は時空を越えたことが無いんでしたよね?」
剣の稽古と銘打ち、人目を避けるように誰も居らぬ場所へと足を踏み入れる。
神子の問い掛けにひとつ頷く事で肯定を示し、更なる言葉を待った。
「予想、つくと思いますよ。私が今までに見てきた先生が時空を越えたのと、同じ理由。……単純なことです」
時空を越えたことの無い相手に掛けるにしては不親切な台詞であったが、其れがどんな内容を示すのか薄々の内に察する事が出来る。
何故ならその危惧は常に胸の内にあるのだから。
「守る為か。……死なせない為か」
誰を、だなどと聞くつもりなどない。
神子がそれを願うのならば、聞いた以上自分も共に神子の未来の為に尽力するのみ。
其の問い掛けに神子は緩く頷き、曖昧に笑ってみせた。
「そう。その為に時空を遡って来たのに……私を知らない先生じゃ、責める気にもなれません」
少し、困ったように。如何して良いのか分からぬように神子は言う。
責める気はないと言っていたが、最早その言葉自体が責め苦と言えよう。
“何も知らない”と、突き放される痛みが胸にあるのだから。
「――私は何も見てきてはいない。神子、此れまでと違い私は……、お前の足枷となってしまうやも知れぬ」
先生と呼ばれ、神子に何かを与えられていた自分とは違う。
神子が今まで見てきた自分に比べると己は余程に見劣りがした事だろう。
己の知らぬ自分を過大評価しているつもりなど更々無かったが、今の自分よりも役立てた事だけは確かなこと。
心優しい神子は、この言葉に対してそんな事はないと否定するのだろう。
解っていた。解っていたが……言わずにはいられなかった。
「……先生、足枷だなんて、そんな事無いですよ。私は、嬉しくすらあるんです」
嬉しい。
其の言葉が余りにも予想外で、理解が出来なくて、思わず神子を凝視するように見詰めてしまう。
視線に射抜かれても動じる事なく、ただ神子はゆっくりと微笑してみせた。
「先生は知らなくて良いんです。知る必要なんて無いんです。運命を繰り返す辛さや、何かを失う苦しさを。――哀しいことは何も知らず、幸せな未来を掴んだっていいんです。私はもう十分なことをして貰いました。だから、今度は私が先生が笑って此の時空を終えられるように、お手伝いをしたい」
優しさすら滲み出る言葉の、その半分も理解出来ない。
別の自分が何をしたのか、神子は其れを如何受け止めたのか。如何したら神子は、このような言葉を紡ぐ結論に至るのか。
全てが曖昧で輪郭すらはっきりとしない。
「私の事は良い。神子。お前は自分の幸せだけ考えなさい」
神子は最初から其の言葉を言われると解っていたかのように、にっこりと微笑んだ。
「考えてます。――だからこそ私は、この結論に至ったんですよ」
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