「先生、如何かしたんですか?」
ふ、と己よりも大分低い位置で人の影が動くのが知れる。
其れが誰であるかは考えずとも解り、自然顔で唯一露出した目元が緩んでしまう。
「いや、何でもない」
そう言えば少し不思議そうに首を傾ぎ乍も、そうですか、と柔らかな声を上げて納得してしまう姿が眩しい。
今ならば、自分が出逢った二人目の神子が言っていた意味が理解できた。
知る必要など無い。運命を繰り返す辛さ、何かを失う苦しさは。
哀しいことは何も知らず、幸せな未来を掴んで欲しい。
――恐らく二人目の神子は、己の知らぬ己を愛してくれていたのだと思う。
だからこそ、あんなにも言葉を送ってくれた。
あんなにも、懸命になってくれた。
今目の前に居る、己にとって三人目となる神子との出逢いはまた違った衝撃があったものだ。
……彼女は、自分を知らなかった。
まっさらな侭の神子。白龍の逆鱗すら持っておらぬ神子。
辛い別れを経験したことの無い神子は、神子と呼ぶよりも娘と呼ぶに相応しい。
この瞳を曇らせてはいけない、この微笑を失わせてはいけない。
哀しみの涙など、流させるべきではないのだ。
今の神子には他の時と違い強さなど殆ど無いに等しい。
剣術を覚えても付け焼刃の感は否めず、自分が今まで出逢って来た神子は一体どれ程時空を重ねてきたのだと思う程。
――護らなくてはならない。
其れが幼なかった自分との約束。幼かった自分の決意。
生きる、指針。
強くなる必要は何処にある。何の憂きものがないように護れば良いのだ。
そう、この腕で包み込んでしまえば神子はすっぽりとこの腕で覆ってしまえる。
「神子」
そっと呼びかけると、はじけるような笑顔を浮かべ、神子が振り返った。
「はい、何ですか、先生」
「――何時か、話そう」
自分が出逢ったお前を。自分が如何に助けられてきたかを。
一体何のことを云っているのか解らぬのか、神子はさも不思議そうに首を捻るばかり。
――護ろう、此の命掛けてでも。
此の神子を護る為ならば、どんな逆境も乗り越えて行ける。
この笑顔を護れるだけの力があるのだと、疑いもせずに。
――護りきれるのだと、其れが思い上がりに過ぎぬという事に気づくのは、此れよりもう少し後の話。
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