予見とて万能である筈もない。

 神子がこの時代の何時、何処に現れるかというのは全く解らず手探り状態だ。

「――神子は、龍神の加護を受け京を守る為に……」

 そう、唯一思い当たるのは京だけ。

 己が若しも真に八葉であるのなら、……己が真に神子に出逢う運命であるのならば。

 京で待っていても、その時は来る。

 二十年、待った。

 今更此れくらい何の長さでもないと自分に言い聞かせるが、落ち着かぬのもまた事実。

 何時、何処に神子が現れるのかさえ解っていれば、……真っ先に逢いに行くことが叶ったというのに。

 瞼を閉じると、幼い頃の自分が見た人の姿が脳裏に浮かぶ。

 其れは何とも苦しくて、甘い、懐かしき思い出。

 色褪せもせずに其処にあり、心を縛り続ける。

「……神子」

 此の想いを抱えたまま、じっとしていろというのか。

 ――其れは、出来る筈もない。

 住み慣れた庵から出ると、冬の空気が皮膚を凍てつかせる。

 ……源氏の若者、源九郎義経も八葉となる可能性がある。

 なれば神子は源氏方につく可能性が高いと言うことだろう。

「宇治川、か」

 戦の情報は幾ばか得ている。そう、当の九郎が出陣している筈だ。

 九郎もまた、京に戻って来たばかり。

 鬼の自分が手助けすることは逆に不利に働こう。

 だが、何も出来ぬとは思わない。

 若しも神子が源氏につくのだとしたら、僅かにでも源氏が有利であった方が良いのだから。

 そう、全てはただ一人の為に。

 急遽な話だと自分でも思う。

 ――実際に、戦で勝っているようであれば其れで良し。己はただ見守るだけだ。

 だが、万が一源氏に不利な状況であったのならば、……人知れず、平家を襲えば良い。

 一度思い当たれば其れは今己が一番せねばならぬ事のように思えた。

 降り積もった雪に足跡を残すように数歩、足を進めた。

 そして、庵が見えなくなってしまう前に一度振り返り、其処に懐かしい師の面影を思い出しながら、無言のままに一礼をした。

 其れは師へと向けた、旅立ちの報告だったのかもしれない。

 再び庵に背を向けると、緩く緩く瞼を伏せる。

 するとまるで其処には最初から誰も居なかったかの如く、――鬼の姿は消えていた。



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