最初に其の姿を見た時、己の願望が見せる幻ではという疑念すら抱いた。
其れ程迄に怨霊を軽やかに薙いで行く影と記憶の中の人物は相違無い。
髪の色も、芯の強い瞳も、立ち姿も。
全て、常に思い描いて来た姿そのままだった。
指先が震える。
其れは喜びの為か、はたまた違う感情からなのかは解らなかった。
「――龍神の、神子」
仲間らしき者達に囲まれ、剣を振るう。
まるで幾度もの死線を乗り越えてきたような太刀筋は迷いない。
……守る為に強くなった。強く、なろうとした。
だがあの神子は其れを撥ね付けるかのように……強い。
其の強さに慄き、恐れた。
役に立てるのだろうかという恐怖は、次第に大きく膨らんで行く。
――嗚呼、だが、それでも。
其れでも、一目垣間見えたい。
その気持ちの方が、遥かに勝っていた。
「先生!」
脳裏に残っていた声を置き換えるかのように、凛と透き通った綺麗な声が耳に入ってくる。
記憶にあるものよりも、其れは心地良い響きを伴っていた。
だが、其れよりも気に掛かる事がある。
彼の人は今、己の事を「先生」と呼んだか?
知らぬ者として見られる覚悟はあったが、目の前の人の反応はまるで違う衝撃を己に与えた。
――幼いあの日以外でも、私は神子に逢っている?
否、そのような筈はなかった。
擦れ違う事でもあるようならば、自分が気付かぬ筈はない。
其れ程までに追い求めていた人物なのだから。
生涯を掛けて探し出したいと願っていた人なのだから。
……ならば神子は既に九郎に出逢ったのだろうか。
我が身を師と仰ぎ、「先生」と呼ぶのは九郎だけ。
他の者は天狗や鬼と呼んでくる。
……だが、それも違うだろう事を悟った。
神子の周囲に居た青年が不可解そうな顔をしたからだ。
ならば、考えられる事はひとつ。
――問い掛けるより先に、怪訝そうな顔をした神子が口を開いていた。
その言葉は、考えを裏付けるものだった。
「――先生は、私の事を知らないんですね」
其の前に、微かに聞こえた言葉は確かに“この時空では”と、言っていた。
……神子は知っているのだ。
恐らく其れは、逆鱗の力。
一体此れより前の時空で彼女の身に何があったのかは知る事は叶わない。
だが、その眼差しの強さから、辛い出来事を乗り越えてきた事は容易に想像がついた。
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