剣を片手に構え、私は明るく優しい森の中を駆け抜ける。

 数え切れぬ程、何度も何度も繰り返し同じ日に駆けた道筋は、最早目を瞑ってでも目的の場所に辿り着ける程だ。

 ――今迄、戦いを終えた筈の弁慶さんが死んでしまうのは、何時も此の日。

 最初に迎えた悲劇は、今でも鮮明に思い出される。

 弁慶さんと共に二人で薬草を摘みに行き――其処で、襲われた。

 平和となったと疑いもしなかった私達は薬草を採りに行くのに武器となるものを持って行っているわけがない。

 私は何とか弁慶さんに逃がして貰い、そして……弁慶さんは、殺された。

 剣を持って戻った頃には既に遅かった。

 柔らかな草の緑が弁慶さんの血の赤で染められ、妖しいほどに濡れて光っていた。

 其れから何度か時空を繰り返し、弁慶さんと共に薬草を採りに行く際に剣を持って行ったが、不意をつかれることには変わりなく、何時も弁慶さんは敵の凶刃に倒れて行った。

 薬草を採りに行かないように言い計らった事もある。

 でも其れは結局一時的な逃げにしか過ぎなかったし、何時襲われるか解らない恐怖が、身を襲うのだ。

 試行錯誤の中で、希望の光が見えたのは今回の方法。

 弁慶さんが襲われる直前に、此方が先に敵を切りつける。

 最初は敵は一人だと思っていた。

 だから一人の相手をしている間に二人目に弁慶さんが殺された。

 次は二人相手を想定して戦った。

 けれど敵の三人目に弁慶さんが殺された。

 弁慶さんが弱いわけではなく、仮令どれだけ強い人であろうとも、無防備な所を襲われればやられてしまうという、それだけの話。

 そうして、三人、四人と相手をして行くうちに、敵の数が見えるようになった。

 ――敵は、男ばかりの六人。

 個々の剣の技術は中の上といった所。

 正直に言うと、白龍の剣が無い今の私では二人同時に相手にするのもきつい状態だ。

 敵はその数の三倍居て、……勝算は少ない。

 だが、諦めるわけにはいかない。

 あの戦いの中で私は信じること、諦めないことで未来を切り開けてきたのだから。

 だから、信じていれば……諦めさえしなければ。

 きっと私たちが笑って、幸せに暮らせる未来が待っているんだから。

「其の為にも、弁慶さんを死なせちゃいけないんだ……!」

 ギリ、と奥歯を噛み締め、其れを契機としたように私は加速した。

 時空を越えても身体能力は引き継がれているのか、回を増す毎に体は軽くなって行く。

 まるで龍神の加護を受けていたあの頃のように体が動く。

 ――体が軽い。今回は、イケる。

 そう自分に言い聞かせ、視界の端に入った黒装束の男に向かい、身を低く剣を突き立てるようにしながら突進した。

 男が此方を見て、目を見開く。

 今更気付いたとて遅い。

 男が声を上げる其の前に、私の握った剣が深く深く男の脇腹に突き刺さった。

 グプリ、と泡が立つような音を立て剣を引き抜くと、男が私に寄りかかるように倒れこんでくる。

 そっと其の首筋に手を当てると、既に男は絶命していた。

 先ずは一人。

 剣についた血を最早息をしておらぬ男の装束で乱暴に拭った。

 昔は白龍の剣を使っていた為に知らなかったが、普通の剣と言うものは血に濡れると切れ味が悪くなってしまう。

 確実に敵を一撃で仕留めるのには僅かな時間のロスも赦されない。

 男の死に気付く前に、他の連中ももう2、3人は仕留めておきたかった。

 音を立てぬように男を地面に伏せると、風が木々を揺らす音に紛れるように息を潜め、二人目の男に密やかに近づいて行く。

 男達の立ち位置も、木の枝の生え具合も風の吹き方も、全てが頭に入っている。

 地の利どころが、状況すら此方の支配下にある筈なのだ。

 一つ前の時空では、此処で複数名に姿が見つかってしまい、失敗した。

 もう二度と同じヘマはしない。

 ……その決意が功を奏したのか、三人目迄は気付かれぬままに息を絶たせる事に成功した。

 事務的に骸を作って行く己に、嫌悪を感じなくなったのは何時ごろからだったか。

 寧ろ何度繰り返しても、人の幸せを阻止する男達に、憎しみに似た感情すら抱いていたのかもしれない。躊躇いなんて何処にもなかった。

 数が半分に減った所で漸く異変に気付いたのか、男達が俄かに動き始める。

 ――恐らく一斉に弁慶さんに襲い掛かる気なのだろう。

 三人は流石にきつい。

 弁慶さんを庇うべく、飛び出すのと同時に懐に忍ばせていた小刀を一番近くに居た男に投げつけた。

「ぐああッ!!」

 本来投げるものではない武器だったが、上手く飛んだのだろう、其の男が襲い掛かってくる気配は消えた。

「望美さん?!」

 状況が飲み込めないでいる弁慶さんと、まさに襲い掛かってきている男達との間に立ち剣を構える。

 ブンと剣を振り上げた男は隙だらけで、今の状況に如何に動揺しているのかが窺えた。

 だとすると、最早敵ではない。

 其れでも油断せぬように、男の頚動脈を目掛けて剣を振るう。

 血飛沫を上げながら剣を振り上げたまま、静かに倒れ行く男に興味は無い。

 残るは一人、後一人片付ければ終わるのだ。

「く、くそぉぉぉ! もう少しで上手く行ったものを!!」

「生憎だけど、もう十分成功させられたんだもの。今回ばかりはさせない!」

 逃げ腰になっている男と、かたい決意を抱いている私とでは最初から結果は見えていた。

 此れで最後だと自分に言い聞かせ、渾身の力を込めて男の胸元に剣を叩き込む。

 心の臓を一突き。此れで全てが終わる――筈だった。

 ドスッ。

 剣が刺さる音に混じり、軽すぎる音が耳に入り込んできた。其れが聞こえてきたのは私の背後から。

 ……私の背後に居るのは、弁慶さん。

 此の音は 何? 心臓を一突きにされ力なく絶える男を後目に考える。

 言い知れない不安が込み上げる。振り返ってはいけない。見てはいけない。

 だって、きっと、恐ろしいことが待っているんだもの。

 けれど、ああ、何故なんだろう。

 悲しい思いをすると解っているのに、私は振り向いてしまっていて、認めざるを得なくなってしまうのだ。

 向けた視線の先には、先程私が小刀を投げつけた男が、吹き矢を構えていて。

 ――腕を押さえた弁慶さんが、苦しげな顔をして、膝をついていた……。


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