「弁慶さんッ!!」

 絞り出した声は音になっていただろうか? ……悲鳴では、無かっただろうか。

 矢を吹いた男はニヤリと笑うと、そのまま絶命した。

 ……まるで、この運命を嘲笑うかのように。

 膝をついたままの弁慶さんの傍に駆け寄ると、彼は何だか申し訳なさそうな顔で……微笑んだ。

「何、笑ってるんですか、弁慶さん」

 あなたはしんでしまうかもしれないんですよ。

 紡ぎかけた言葉は、音とならない。

 認めたくない現実。残酷な運命に屈してしまいたくなくて。

「すみません、望美さん。……君は、知っていたんでしょう? 其れなのに……僕は」

 声音は比較的しっかりとしている。

 でも、弁慶さんは腕に刺さった矢に塗り込められたものが毒であり、……且つ、もう自分は助かる見込みがないことを悟っているようだった。

 そんなにあっさりと諦めないで。

 嗚呼、でも。

 私は何処かで予感していたのかもしれない。

 “今回も駄目なんだ”って。

「……弁慶さん。私は……」

「知っていました。君が、何かを抱えている事は。何時の頃からだったか、君は何時しか憂い顔をすることが多くなった。――其れが、此の事だったなんて、予想は出来なかったけれど」

 察しの良い人。

 其れが今となってはとても哀しい。

 彼は悟ったのだろう。私が逆鱗を使い幾度となく時空を遡っていたことを。

 幾度となくこの男たちと剣を交えた事を。

 ――幾度となく、……自分は、死んでしまったのだろうということを……。

「望美さん。君は一体どれ程僕を助けようとしてくれたんでしょうね。すみません。結局僕は、君を傷つけてしまう。……僕には、咎人にはお似合いの最期であるけれど、……君には、何の罪も無いのに」

 少しだけ泣きそうに顔を歪めた後、弁慶さんはどさりと腰を下ろした。

 ……もう、自分の身体を支えることが出来ないようだった。

「弁慶さん、そんなこと言わないで下さい。助けられなくて、ごめんなさい。次は……次こそは、私、必ず――」

「望美さん」

 ぴしゃりと、名前を呼ぶことで私の言葉を遮った。

 如何して。例えば、あの男を確実に仕留めておく、解毒剤を用意しておく、……弁慶さんに最初から打ち明けておく。

 幾らでも方法はあるじゃないか。試していない方法があるじゃないか。

 嗚呼、でも、一寸待って。

 ……そうだ。今の彼に言っても仕方の無いことなのだ。彼は死ぬ。彼は、死んでしまう。

 次に出逢う弁慶さんは、同じだけれど、同じじゃない。

 私は酷い事を言ってしまった。

 諫めを犯したような、罪悪感。

 けれど、続いた弁慶さんの言葉は、……私を責めるものではなかった。

「――もう、この時空を繰り返す事は、止めて下さい」

 ……其れは私に対する死刑宣告にも似ていた。


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