■同じ空の下 8
未来のわからぬ戦をするのも久方ぶりだった。
平知盛によって歪められた時空は調整が追い付かぬ程に酷いもので、一瞬たりとも気を抜くことが出来ずにいた。
「敵がどう動くか解る戦が、どれ程楽だったか思い知らされた気分……」
軽い口調で言ってみたものの、このままでは確実に源氏が負けることを予感していた。
流れこそ違えど、今回は逆鱗を手に入れる前に体験した、あの、皆を失ってしまった運命に空気が似ていた。
しかし此処で逃げるわけにはいかない。
自分が犯した罪の責任は取らねばならない。
――今は、春の京。
ヒノエくんは仲間に出来、……恐らく、今宵、敦盛さんと出逢う事となる。
知盛は知って居る。
敦盛さんが、八葉として此方側に就く事を。
その事自体を気にするような男ではないと思う、けれど。
「今の知盛は、如何動くか解らない」
幾度かはわからないが、知盛は運命を上書きしてきて、繰り返してきた。
それがどんな作用を彼に与えているのだろうか。
何より、今此処に居る自分は知盛が執着していた“源氏の神子”だ。
思い上がりでも何でもなく、知盛は私と戦う為にどんな手段でも使ってくるかもしれない。
「――和議は成しえないかもしれない」
ぎり、と爪を噛みしめ、眉を寄せる。
若し知盛の狙いが私と戦う事や、戦を続ける事ならば、全力で和議を阻止に掛かるだろう。
多くの血が流れることは避けたいが、恐らく知盛は平和的解決を望まない……。
「考えが悪い方向にしか行かないよ……」
溜息が唇から零れ落ちる。
部屋に篭って考え込んでいるからかと一旦ゆっくり目を伏せ、開けた。
息が詰まるような感覚がし、其れを振り切るように自然と足が外へと向かう。
何時も繰り返して来た運命と、ひとつだけ違っていた。
「……敦盛さんが、来ない」
――それは、予定外のことだった。
運命の狂いが此処までのズレを生じているとは思わなかった。
否、知盛は、この日に敦盛さんと私が出会う事を知っていたのかもしれない。
若し彼が此処に来たのならば、三草山で出逢えずとも何とかなったかもしれないのに。
……此れはもう、戦場においてのみの争いではなくなってしまっている。
知盛は完全に、源氏と……私を潰しに掛かっていると考えるべきなのだ。
「私、甘く見ていたのかもしれない……」
此の分だと、三草山の戦自体が起こるか如何かも解らない。
額に手を当て、考えを巡らせる。
しかし名案なんて浮かんで来る筈も無く、只立ち尽くすことしかできなかった。
「まだ起きていたのか、早く寝なさい」
気配を微塵も感じさせずに、何時の間にか闇に紛れるように先生が少し離れた位置より現れる。
其の顔を見ると、何だか泣きたくなった。
「……先生、ごめんなさい」
本当ならば未だ此処に居いない筈の先生は、狂ってしまった運命によって既に源氏に身を寄せてくれている。
――知盛のことを、聞きもせずに。
「何を謝る、神子。……お前は決断した、そうではないのか」
かわらない言葉。かわらない響き。……此の人はきっと、私が此れから平家に着くと言ったとしても責めはしないんだろう。
其れはもう、優しさではないのだとしても。
「其の決断は間違っていました。――先生、身勝手な話だって、解っています。けれどもう、私一人じゃ駄目なんです……。力を、貸してくれませんか……?」
俄かに、先生の目元が緩んだような、そんな気がした。
「私はその為に存在している」
ありがとうございます、と、お礼を言う事も、声が震えてしまって、上手く言えたか如何かもわからない。
頼ってばかりで、助けてもらってばかりで、自分が情けなかった。
私はちっとも強くない、ちっぽけな存在で、こんなにも、他人に助けて貰っている。
自分が引き起こした事を、自分で解決出来ない程度の人間だと、今更ながらに気付かされた。
ひとつの決意が、胸に込み上げる。
――全てを、話そう。
そう思った瞬間に、私は既に口を開いていた。
「……平知盛のことが、好きだった……。其れが、全ての間違いだったんです……」