■同じ空の下 20
 攻め込むと決まってからの源氏の活動は、早かった。
 日頃より余程訓練を積んでいるのか、矢張り烏合の衆とは訳が違う。
 誰もが皆上の者の指示を良く聞き、尚且つ自分の判断でも動いている。
 ――宇治川の時には既に数多の源氏が倒されていたが、其の分選りすぐりの武士が残ったというわけか。
 些か神子としての力を期待している節は見え隠れするものの、兵達は、怯まない。
 ヒノエくんが齎した情報は極めて正確だったらしく、平家の援軍は未だ来る気配を見せない。
 徐々にだが、確実に勝機は見え始めた。
 此処で今、知盛が率いる此の軍勢を殲滅させておけば、恐らく……源氏の勝ちは明白になる。
 今まで劣勢であった筈なのにそう言い切れるのには自信があるからだ。
 掴んだ情報は、援軍が遅れるというものばかりではなかった。
 其の援軍の数は今居る平家の軍の数と合わせても、今の源氏の勢力と同等か、それ以下。
 ――還内府……将臣くんは、殆どの平家の者を、既に逃がしていたのだ。
 此方に向かっているのは謂わば勇士組か。
 知盛を見棄てまいと自ら乗り出したのかまでは、解らなかったが。
「……このままだと」
 源氏は勝ち、還内府である将臣くんは戦場に散るか処刑されてしまうことだろう。
 そんなことになってはいけない。
 先に知盛の軍を殲滅させれば……其の報せを聞いた平家の援軍は、逃げ遂せるかもしれない。
 また一つ、早く知盛を倒さねばならぬ理由が増えた。
 自嘲気味に笑いながら剣を振るう。
 こんな考え事をして居るというのに易々と敵を切れるようになった自分に、呆れ果てる。
 人を切る感覚を体が覚えている、だなんて、何て厭な話なの。
「望美! 此方だ!」
 九郎さんが道を指し示す。
 私は声に従うように真っ先に突き進む。
 私の後からは、頼りになる皆がついてきてくれる……。
 ただ其処に、譲くんの姿はない。
 知盛によって負傷されられた事と、元より接近戦に弓は向かぬ事から彼は今、景時さんの傍に居る。
 本当は共に来たそうだったけれど――其れは流石に押し留めた。
 彼は良い意味でも悪い意味でも無謀だから。
 其の点は先生にも当て嵌まるかもしれないが、先生は私の事情を知っているだけに最期まで見届ける心積もりなのだと思う。
「――ッ!!」
 森の中を切り裂くように疾走をしていた私達の前に、ひとつの小隊が行く手を阻む。
 その先頭に立つ人物に、私は目を見開かずにはいられなかった。
「……此れ以上先へは、行かせられない」
「敦盛?!」
 真っ先に声を出したのはヒノエくんだ。
 先の戦いでは、ヒノエくんは敦盛さんに直接対面していないからこその、驚き。
 其れに対して敦盛さんは一度ヒノエくんの方を見ただけで、決して動じる事は無かった。
「引き返すのならば、追わない。だが、此のまま進むと言うのならば力尽くでも止めさせて頂く」
 固い決意が見え隠れする瞳。
 この先に居るのが知盛であることはほぼ間違いが無い。其れをこうして、敦盛さんは必死に庇う。
 ……私は今迄、敦盛さんは知盛に良いように利用されているだけだと思っていたのだけど。
 果たして其れは本当にそうなのだろうか?
 利用されているだけなのだとしたら、敦盛さんはこんなにも知盛を庇おうとするだろうか?
 ――何か、敦盛さんの中で動いたのではないのか。
 平家の中での見えない流れが、私の心を揺さ振った。


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