第一話
其れは多分に、二年に上がってから間もない頃。
友達など要らないと言った私に、愚かで優しい女は言った。
「そんな悲しい事言わないで。私は貴方と友達になりたいし、貴方に友達と思って貰いたい。友達ってね、世界で一番素敵な関係なんだよ」と。
美徳を誇る笑顔で半ば押し付けるように私は彼女の友達と言う位置付けられる。
他人からは奇異な目で見られ、彼女の親しき者達は私に関わるなと彼女を止めた。
大切に思われている彼女が憎くて憎くてたまらない。
けれどそれと同時に不可解な気持ちが首をもたげる。
此れを人は何と呼ぶの……?
「ちょ、一寸待ってよ、! 私まだ準備終わってないよ!」
背後から呼び止める彼女の声を無視して、教室の扉を開け廊下に出る。
教室移動であると解っているのに、暢気に私に話しかけて次の時間の準備をしなかった彼女が悪いのだから。
待つつもりなど更々ない私は、一度も振り返らずに廊下を進む。
腕に抱えた教科書の類を抱えなおした所で、誰かの手が私の肩に掛かった。
「――何?」
ゆうるりと振り返ると其処には彼女の幼馴染である男が立っていた。
此の男が私に好感を抱いていないのと同様、私もこの男があまり得意ではない。
誰からも頼りにされるような気質や、誰からも親しまれるような気質は私には到底理解しえぬものだ。
――後者は、彼女にも当て嵌まるのだけれども。
「、お前が他人と付き合うのが嫌いだって解ってるさ。そりゃ俺が如何こう言える問題じゃねぇ。けどな、少しはアイツのことを考えてやってくれないか? 見てて、変だぜお前ら」
変、とは。
彼女が一方的に私に構う光景を指してのことか。
心優しい幼馴染クンは、彼女が傷つくことを酷く嫌う。
「……関係ない」
彼の眉間に皺が寄った。私の発言に不愉快な思いをしているのだと思う。
ならばいっそ大声で罵れば良いのに、決して其れをする事はない。
人目を気にしている? 其れとも、そこまで良い人でありたい?
決して面と向かって此方を誹謗して来ない相手を、私は心の中で誹謗する。
関係ないことはないだろうと動く彼の口を何気なく目で追っていると、その後ろから淡い色合いの影が走って来ているのが見えた。
――彼女だ。
「将臣くん! またに何か言ってるの? 私が好きで一緒にいるんだから、あんまりに迷惑かけないでよ」
だから肩を掴んでいるその手を離して、と彼女は幼馴染である男を見詰める。
そうなると彼は何も言えなくなり、軽く肩を竦めてみせるのだ。
「ごめんね、。変なこと言われなかった?」
やわらかい声が耳に心地良く響き、私は「別に」としか言葉を返せない。
其れに安堵したように彼女は「良かった」と呟き、私の手を引き始めた。
「遅れちゃう。早く行こ?」
私にだけに向けられた笑顔は、とても眩しく見えて、私は直ぐに視線を逸らす。
そんな私にお構いないなしに、彼女は私から決して手を離すことはなかった。
最初に会話を交わした日、彼女は私と友達になりたいと、そう言った。
“友達”
美しい響きの、偽善的な関係。
あの日私は彼女の“友達”となり、彼女は私の“特別”となった。