どんよりと重い色をした雲に覆われた空は今にも泣き出しそうに目に映る。
恵みの雨とは良く言ったものだが邸より離れた場所を歩いている側にしてみればもう少し降るのを待ってくれと言いたくなる心境だった。
しかしそればかりは騒いだ所で如何こうなるものではない。
自然皆口を噤みがちになり、足取りも速い。
だと言うのに通りは中々抜けられず、延々と同じ塀ばかりが横にある気がする。
――誰も何も言わなかったが、薄々肌で感じていた。
薄気味悪い気配が纏わりつくように周囲を覆っている。
一体其れは何時からか。
怨霊の気配であったのならば恐ろしくなどない。
常に対峙しているのだ、何を恐れる事があろうか。
――そうではない。そうではないのだ。
じっとりと足元から這い上がり、息も出来ぬ土中に引き摺り込もうとするかのような。
澱んで底が見えぬ沼に引き摺り込もうとするかのような。
陰湿で悪質なものの気配がする。
隙を見せれば喉元を狙い襲い掛かって来るような獰猛な獣の臭いがする。
人智を越えた異質のもののようであり、不思議と自分らと同じものである気がする。
――関わり合うべきではないのだ。
恐怖ではない、本能的に穢れを厭っている。
そう、此れは言うなれば穢れた気配。
穢れは忌避すべきもの。
そう、それは龍神の神子なれば尚更か――。
ピカ、と遠くの空が光る。
雨が近づいて来ているのかと視線を其方に囚われたのはほんの一瞬のこと。
だが、その一瞬の思考の隙を待っていたかの如く、不意に目前にひとつの影が現れた。
子供?
そう呟いたのは誰だったか。はたまだ誰も何も口にせず、それぞれ頭の中で疑問を抱いた事だったのか。
ただ一つ言える事は、皆一様にその子供に目を奪われていた。
年の頃は10歳を越えていないだろう……子供は見窄らしい格好をし、酷く痩せていた。
脆弱ながらも四肢は伸びていたが、まるで其れは枯れた枝のように細い。
余りに哀れさを醸し出す子供は性別すら匂わせない、餓鬼のようですらあった。
だがそれよりも一際目を引くのは子供の顔だった。
否、顔と呼べるべきものではない。
本来の顔を覆い隠すように、子供は面を被っている。
笑い顔の――鬼般若。
其れは仄かに赤みを帯び、何処か蛇を思わせるもの。
『――龍神の、神子』
面越しの所為か些かくぐもって聞こえた其れは紛れも無い子供が発したもの。
何故知っているのか等其の時は気になりはしなかった。
まるで子供の様相が
子供の手がす、と掲げられる。
何、と理解する前に、子供の掌に黒い光が出現する。
咄嗟に腕で自らを庇おうとするが、そんな風に庇った所で無駄だと脳では理解していた。
やられる――そう察した瞬間のこと。
大きな影が子供の直ぐ傍らに詰め寄るのが見えた。
「先生……ッ!?」
何をしようとしているのかなどとすぐさま理解出来た。
邪魔をされたことにより子供の腕が僅かに軌道を逸れる。
……そう、ほんの僅かに。
子供は然して動じる事はなく――
【黒い光が視界を焼き尽くした→幻の世】
【黒い光が子供の手から発せられた→現の世】
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