生存者零――。

 流れる文字が残酷に唄う書状の上の現実を、未だ少女の域を出たばかりの女が静かに辿る。

 そこには怒りや哀しみなど微塵もない、寧ろ穏やかささえ感じさせる微笑みが称えられていた。

 方々から入り込む隙間風が向かい合うように座る一人の女と二人の男との間を吹き抜けた。

「――五日後、ですか。思ったよりもゆっくりでしたね」

 まるで今日届けられる筈だった荷物が少し遅れて届くことを聞くような、緩やかな反応。

 焼き打ちと言う文字は、そんな穏やかな意味の言葉だっただろうか。

 女は始めからこの結末を知っていたかのように微笑んだ。

「ありがとうございます、鷹通さん、友雅さん。此処に来るまでも大変だったでしょう?
 本当ならお茶でも出して差し上げたいところなんですけれど……」

 初めて困ったように言い淀み、細い指がほっそりとした頬に掛かる。

 お茶を出そうにも、今回逢うにあたって選んだ場所は人が棲まなくなって久しい廃屋。今座っている場所とて予め敷き布を用意しておかねば座れぬ程。

 そして何より――。

 この地の水は、汚染されている。

 場違いな程に呑気に語る女――あかねに耐えかねたように、鷹通は力強く床を叩いた。

「そういう場合ではないでしょう!? 何故、何故……そのように微笑んでいられるのです!」

「鷹通」

 諫めるように友雅が名を呼ぶものの、一度噴き出した感情は押さえ切れぬようだった。

「あなたは生きているのですよ! 生きているのに、その書状に書かれているのは、“生存者零”! 死んだものとして扱われる道理が何処にあると言うのですか!!」

 血を吐くような鷹通の叫びを聞いても、あかねは変わらず緩い微笑みを浮かべたままだった。


 ――疫病が流行りだしたのは何時の頃だったか。

 初期症状として僅かに躯のだるさを覚え、徐々に足が動かなくなり、腕が上がらなくなり――最終的には、全ての器官が停止する。即ち“死”だ。

 恐らく同時期に感染したのだろう、一時に多くの人が衰弱し……息絶える。

 この流行り病をを知った上級階級の対策は早く、即座に感染地域一体の完全なる封鎖を決めた。

 誰からも見捨てられた一帯はもはや牢獄。

 青空の見える檻の中で、人々は死の宣告に怯えていた。

 病が発症してから死に至るまでには二ヵ月を要し、……逆を言えば、二ヵ月以上生き長らえた者はいない。

 発症したものは死までの時間を絶望して過ごし、発症していないものは一人二人と息を引き取る中で何時自分も発症するのかと怯えて暮らす。

 死の恐怖に耐えかねての自殺もこの時後を絶たなかった。

 皮肉なことに殆どの者が発症した頃になって漸く病の原因が発見された。

 ――その近隣を流れる小川と、井戸の水、そして、その地で育った作物だ。

 このことから近辺の土壌が何らかの理由により汚染されていることが知れたが――全ては手遅れだった。

 人から人へ感染することはないが、治療法が見つかるわけでもなく、人々は死に逝くだけ。

 そんな不毛の大地に不安を抱くものが大半だった。

 ……そして、ある一つの決断がなされる。

 感染地区の完全なる焼却。

 何もかもを完全に死したる地にせよ。

 強行ともとれる手段なれど、既に“生存者は残っていない”。

 表立って反対し得る者は、――いなかった。





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