源氏の援軍が着いたのは、今よりほんの少し前のこと。
総大将として辿り着いた九郎さんは先生の負傷に蒼褪めながらも弁慶さんや景時さんと此れからについてを話し合っていた。
そうして、漸く話がまとまった頃、九郎さんは源氏の兵に向け高らかに声を上げた――。
「――決行は今より半刻後。皆心してかかれ」
緊迫を表面に出したままに九郎さんは言い放つ。
無理もない。ただでさえ苦しい戦になるだろうと言うのに己の最も尊敬していた師が斬られてしまったのだ。
動揺するなと言ったほうが土台無理な話であるだろう。
だけれども、こうして凛と言い放つ彼の姿はさすがと言うべきか、至極立派に見える。
「ヒノエの情報によると平家の援軍がつくのはもう二刻程後のこと。こちらが僅かにでも有利である内に早々に決着をつけねばならない」
好機を逃すわけにはいかない、その思いがひしひしと伝わってくるような口振りだった。
「望美。お前には俺と共に平知盛に当たって貰いたい」
兵達への通達を終えると、九郎さんは真っ直ぐに此方に近づいて来てそう言った。
突然話題を振られたことと、其の内容に私は動揺せずにはいられなかった。
その動揺を読み取ったかのように、九郎さんの言葉を継いで景時さんが口を開く。
「リズ先生が前線に立てない今、尤も知盛に対抗し得るのは君なんだ。――宇治川で、君は知盛を退けていた。今までも幾度か剣を交えたことがあったようだった。……本当なら俺達も余り望美ちゃんみたいな女の子に危険な場所に行って欲しくはないんだけど……」
其れ以上の言葉は続けて聞かずとも解った。
他に、手立てがないわけではないだろう。
けれども其れは多大な犠牲を生む事に繋がるかも知れない。
ならば、現状で尤も最善の方法を選ぶのは道理、だ。
「景時には此処で指示をして貰います。――僕も別の場所で指示をしなくてはなりませんから一緒には行けませんけれど、望美さん、無茶はしないで下さいね……」
気遣わしげに眉を寄せ、言葉を放つ弁慶さんに私は曖昧に笑み、頷いてみせた。
知盛と戦う時は、何時も覚悟を決めている。
だから、絶対大丈夫です。なんて軽い気持ちで言う事は出来なかったから。
「――私も共に行こう」
……瞬時、其の場に沈黙が落ちた。
此の場に居る筈がなく、寝ている筈の人物の声が聞こえたからだ。
「先生?! ご無理をなさらないで下さい!!」
慌てたような九郎さんの声が響く。
片腕を失って尚真っ直ぐに立つ姿からは、無理をしている素振りなどまるで見受けられない。
まるで腕を失ってから数年経ったかの如くその姿は平静だった。
が、そう見えるだけであって、決してそんな筈はない。
夥しいまでの血が失われている筈なのだ。
「片腕を失ったとて、我が技量は並みの兵よりは在るだろう。拒まれたのならば、ただ一人で進むのみ」
其れは脅迫にも似た宣言。
先生がこんな言い方をするのは珍しい……いや、初めてだった。
――其れ程までに、この発言は本気であると言うこと。
最早何を言っても無駄だと悟った私は、留めようとするわけでもなく、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……はい、先生。一緒に行きましょう」
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