ドス、ガキ、ドス。
第二第三の矢が源氏の兵から知盛に向けて放たれる。
其れを払い除けるように剣を振るうが、食い込む矢がそれを赦さぬとでも言うように知盛の腕を鈍らせて更に数本の矢が身体に突き刺さった。
これは戦だ。
甘えたことなど言ってられぬ事を教えてくれたのは他でもない、知盛であった。
だから、これらは全て想定内のことでなくてはならない。
私の手ではない誰かの手によって知盛が傷を負わされることは至極当然のことであるのだと理解せねばならない。
だと言うのに……私は不謹慎にも、其れが惜しいと感じてしまう。
「先輩! 早くこっちに!」
動かずに居る私を心配してか、譲くんが駆け寄り、私を背に庇うようにした。
――彼なりに、心配をしてくれているのだ。
本当はこうして知盛の前に立つことすら怖いであろうに、果敢に立ち向かう。
「先生は……」
ハッとなりそちらの方向を見遣ると、既に弁慶さんが先生の傍に居た。
……良かった。
腕がくっつくことはもう無いと解っている。
けれどこれで出血多量で命に関わるようなことまでにはならぬのだろうと妙な確信があった。
「……クッ、ククククク! とんだ番狂わせだ、なぁ? 神子殿! お前の駒は真に良く動く、感心する程だ!」
矢を其の身に受けて尚彼の興奮は収まらぬよう……いや、より一層高ぶっているようにすら感じ取れる。
狂っている、くるっている、クルッテイル。
痛みよりも愉悦を取ることも、此の状況を楽しんでいることも、仲間を駒呼ばわりする事も、何もかも!
背に傷を残さずに正面だけで受け取ろうとする姿勢は武士としてのものではないだろう。
ただ、彼は今の状況が楽しくて愉しくて堪らないのだ。
「負けを覚悟したのか……!」
だから、譲くんのこの台詞も恐らくは正しくない。
負けているだなんて思っていない。
圧倒的不利な状態で、呼吸をすることすら苦しい筈であるのに、まだまだ此の戦いが続くと信じている。
其れ故の笑み。其れ故の余裕。
根拠の無い理由を打ち砕きたがるように、譲くんに続いて矢を放った源氏の兵達が再び弓を構え、弦を引く。
其の矢が放たれる瞬間、こんな形で終わってしまうのか、と僅かな諦めが混じったが――其れは、間違いだった。
矢が知盛へと向かう軌道は一直線。
妨げられるもののない筈の場所に、一つの影が躍り出る。
杖が旋回し、カッ、と矢尻に触れることなく矢の側面を叩くようにして矛先を地面に移す。
流れるような動作は、まるで予め決められていた儀式のようですらあった。
……そんな筈、ないのに。
「知盛殿!」
矢面に立ったのは見ず知らずの平家の兵ではなかった。
――そうであったのならば、どれ程試みだされなかったことか。
「……まさかお前に助けられるとはな」
口ではそうは言っていても、恐らく知盛は其の人物が助けに来る事を間違いなく確信していた。
可能性はあったのだ。
だって、既に一度其の姿を見ているのだから。
今、知盛を助ける為に飛び出し、此方を敵として凛と見据えているのは他でもない……。
――平敦盛、その人だった。
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