君は変わらない。
柔らかそうな髪も、何処か哀しげな瞳も、小首を傾げて笑う仕草も。
でも君は俺の事を何も知らない。
共に過ごして来たあの日々を……君は、覚えていない――。
「……ノゾミ、怪我の具合は如何?」
左の二の腕に包帯を巻きつけていた途中、部屋に入って来た朔の方へと視線を向けた。
怪我をした此方よりも蒼白な顔をして遠慮がちに問いかけてくる。
胸の前で組まれた手が、微かに震えているように見えたのは気の所為だったか。
巻くために端を銜えていた包帯を放し、笑みを朔に向けて言い放つ。
「朔が心配する程の怪我じゃないよ。弁慶にも見て貰ったし」
でも……。と、俯く姿は罪悪感に満ちたものをしている。
そんな顔をさせるつもりはなかったのに、参ってしまう。
「……私を庇って負った傷だもの。……包帯、代えるのを手伝うわ」
嗚呼、やっぱり君は優しい。
その優しいところは、ちっとも変わっていない。
「ん。ありがと」
包帯を手渡し、左腕を持ち上げ巻き易いようにする。
其れまで胡坐を掻いていたのだが、何だか朔の前でそうやって座るのは気が引けて、正座に座りなおす。
真剣な手付きで締め付けすぎぬように、傷に触れぬように包帯を巻いて行く朔の伏せた顔を見ながら此れまでのことを回想した。
あの日、宇治川に戻った時……
一番最初に逢った時と変わらずに朔と白龍は怨霊に襲われていた。
――二人を助けた時の、朔の、知らない人を見るような顔が……正直辛いと、そう思った。
自分の心が変わったからなのか其れまでスカートだったのに、切袴……というのだろう、膝上10センチ程の短い袴に変わっていた。
其れでも当初は矢張り女だと思われていたようで、男であると告げた時は酷く驚かれたものだ。
嗚呼、でも。一番驚いていたのは譲、かな。
随分慣れた筈の今でさえ、とても複雑そうな顔をして此方を見る事があるから。
……本当は、髪を切り、少しでも男らしくしたかったのだが、
弁慶が『白龍の神子は女であった方が志気も高まる』と言った為、
一以外には前回と同じように女として扱われている。
……そのお陰で、ヒノエが直ぐに仲間になってくれた、と言っても過言ではないけれど。
仲間になってくれた後で男だと言った時には、正に後悔、と言う言葉がしっくり来る程の落胆っぷりを見せてくれたものだ。
――こうやって、朔が前回の時と同じ様に見えるのは、元来の朔の気質なのだろうか?
それとも、単純に男として見られていないからなのだろうか?
「……ねえ、ノゾミ……お願いだから無茶な事は止めて頂戴」
きゅ。と包帯を巻き終えた所で、眉尻を下げた朔の顔が此方を見詰める。
思わぬ至近距離に、思わず身体を引いてしまいそうになるのを留め、瞬時に彼女の言葉を理解しようと考えた。
「あなたが前線に立って、怨霊の攻撃から私達を守る為に怪我をする……そんな姿を見るの、嫌なのよ」
懸命に訴えかけてくる言葉は本心からのもの、なんだろう。
先ほど弁慶にも似たような事を言われてしまったのを思い出す。
……『僕達にも君を守らせてください』と。
元々守られるのは性に合っていないし、何より、自分が皆を守りたいと思う。
うすよごれたじぶんよりもきっとみんなにかちがある。
「だって、朔には怪我して欲しくないから」
「ノゾミ……如何して、如何してあなたは……自分を大事にしないの……」
嗚咽を堪えるように、押し殺した声で紡がれる言葉。
嗚呼、彼女の魂はガラス玉のようにきらきら光って綺麗なんだろうな。
「……ごめんね、朔」
謝罪の言葉は聞きたくないと言う風に首を横に振る朔は、頑なだった。
「もう直ぐ、……お夕飯が出来るから。……遅れずに来て頂戴……」
すっと立ち上がり部屋を出て行く朔の背中に何の言葉も掛ける事も叶わず、思わず天を仰いだ。
「俺は、如何すれば良い……?」
答えの返ってくる筈のない問い掛け。
何時も相談をしていた将臣は此処には居ない。
――嗚呼、けれども。
「確か、今夜だった」
今宵は満月。
この世界で、初めて将臣と逢う夜。
今となっては解らぬ事だが、彼は前回の運命では如何なったのだろう。
「――死には、してないと思うけど……」
久方振りに将臣に逢える。
そう思うと、自然に顔に笑みが広がってくるのを感じずにはいられなかった。
――先ほどの、朔の表情に胸を痛めながらも……。
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