視界が赤い。
空気が熱い。
煙を吸い込んでしまったのか喉が痛く、頭ががんがんと痛んだ。
掌が熱い。
燃え落ちてしまうのだろうか。
嗚呼、いや…違う。
この熱さは、輝きは…――白龍の、逆鱗だ。
「―――ッ!」
急に支えを失ってしまったように、足に力が入らず、その場に座り込んでしまう。
地面に落ちる雨粒の音だけがやけにリアルだ。
「……な、に……?」
白昼夢でも見ていたのかと痛む頭を押さえるように手を持ち上げると、カラン、と乾いた音を立て何かが掌から零れ落ちた。
視線を落とした先に見たもの、それは…。
――先ほど己が『白龍』と呼ばれた青年に手渡されたものだった。
「……嘘……。ハハ、まだ、夢の続き、見てんのかな……?ね、まさおみ……」
仰ぎ見た先には、誰もいない。
ガチガチと、歯が鳴る音が耳に響く。
降る雨を避け、通り抜けるためだけに設置されている場所は、座り込むのには些か冷たすぎるから、だから震えているのだと……。
怯えているわけじゃない。寒いから震えているんだと自分に言い聞かせても虚しいばかりだった。
言葉を発そうとする度に乱れた吐息が零される。
「夢じゃ、ない……? それなら、一人で助かって、しまった……?」
夢じゃない。夢じゃない。
触れた手も、みんなの笑顔も、涙でさえも温かかった。
あれが夢である筈が、ない。
大切なんだと心から思えた人達を残し、己は助かった。
守りたいと思った人を残して、一人帰って来た。
落としてしまった逆鱗を、震える指先で取ろうとしても、動揺が激しいせいか上手く掴めない。
「……こんな結末であっていい筈が、無い。だって、まだ……本当の事すら、言ってない」
自分を神子と認めてくれた人達、存在自体偽りである己を、対と言ってくれた人。
君の笑顔を見る度に、ほんのりとした幸せが浮かんでくるのと同時に胸が痛かった。
無条件で信じてくれて、親友だと思ってくれている事を感じるたびに罪悪感が押し寄せた。
君に合わせて、本来の我儘な自分を隠して振舞うのが辛かった。
――今まで一度だって、こんな感情、抱いた事なかったのに。
昔から義務付けられてきた『女の振り』を苦に思う事はそれまで一度だってなかったのに。
大人しい振りも、それが当たり前過ぎて、罪悪感も何も感じた事はなかった。
悪友である将臣さえ知っていれば、それで十分楽しかった。
何度も打ち明けようと思ったけれど、それまでの関係を壊してしまうのが怖かったから。
「如何しようもない、臆病者だ……」
逆鱗を握り込み、優しかった仲間や、微笑みかけてくれた彼女の事を考える。
助けたい。死なせたくない。……もう一度、逢いたい。
嗚呼、もしもう一度、『やり直す』ことが許されたのならば、今度は最初から、“男”として在るのに。
――そうすれば、“男”として、彼女を守ることが出来るだろうか……?
例え此方を見てくれなくても、生き延びて、笑ってくれるだろうか。
白龍の逆鱗を両手で握り込み、きつく目を閉じて強く想った。
「……お願い、だから……っ」
白龍の逆鱗よ。
現代に帰る力は要らない。
一人きりで生き延びる事なんてさせないで欲しい。
――白龍の逆鱗よ。
「……どうか、皆が生き延びれる道を、見つけさせて……」
出来ることならば、もう一度あの時空に…。
誰もが死なずに済むような世界を、作り出す事を許して欲しい。
一人きりで越える時空はとても静かで、……とても、寒かった――。
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