「ノゾミ、確かに俺は平家の連中に拾われた。……今では、還内府とも呼ばれている」

 還内府と聞いて、益々胸にどす黒いものが浮かぶ。

 原因を作ったどころではない、将臣があの惨劇を行った張本人ではないか。

「黙ってたことは悪ィと思ってる。だが、俺は如何しても――」

「如何しても、何だ?! 如何しても平家を助けたかった、勝たせたかったとでも言うのか? その為だったら源氏が滅びても構わないと……俺ら皆が死んでも構わないって言うのかよ!!」

 見当違いな責めだ。其れを言うのならば俺だって平家の者が死んでも構わないと思って居るのと同じ。

 将臣が俺達……いや、源氏の者達が死んでも構わないと思って居る筈はない。

 悩んだ筈だ、苦しんだ筈だ。

 其れでも、あそこまで自分達を追い詰めた発端が将臣にあるのだと思うと、言葉では表現できないような感情が湧き起こる。

「ノゾミ……?」

 話が良く解っていない将臣に、自分が源氏方だと、……九郎が義経であると告げていないことに気がついた。

「俺だよ。源氏の神子は、俺だ。……お前が今、一緒に居る連中だって、皆源氏の連中だ。解るだろ? 九郎は源義経……弁慶は、武蔵坊弁慶だ」

 驚愕の顔をしてみせる将臣に、未だ罪の重みはない。

 其れも当然だ。“此処”に居る将臣は、未だ何も成し遂げてはいないのだから。

「まさか……。おい、ノゾミ、冗談は止めろよ」

 冗談なものか。いや、冗談であったならばどれだけ良かったか。

 怒っていいのか、悲しんでいいのか最早其れすら解らなくて、カタカタと小さく手が震えた。

「ハ、そうだよな……将臣が還内府だったんなら、平家が勝つに決まってたんじゃないか……」

 項垂れた俺が紡ぐ言葉を、理解できぬようだった。現に今、時代は“元の”通りに動いて居るのだから。

「おい、如何いうことだ?」

 緩く肩に手を置かれ、軽く身体を揺すられる。

 伝えなければ。

 以前の運命で起こってしまった悲劇を、将臣に伝えなければ。

 でないとまた、誰かが死んでしまうことになってしまう。

「将臣……。信じられないかもしれないけど、俺は、一度……平家が勝つ未来を、見てる……」

 声が掠れ、震え、まともに将臣の耳に届いているかどうかは自信がなかった。

 ぽつり、ぽつりと小さな声音で一つずつ今まで自分が体験した事を将臣に語って聞かせる。

 最初こそ信じられないといった顔をしていた将臣だったが、話が進むにつれて次第に顔に真剣味が帯びる。

 還内府の行動は、将臣がしようと考えていた行動。

 其れが言い当てられたことで、嘘ではないと悟ったのだろう。

「ノゾミ、お前が言ってることは嘘じゃねぇ事は解る。だが、如何やってお前は戻って来たんだ?」

 其れは最もな疑問だった。今まで幼馴染としてずっと一緒にいたからこそ何よりも俺にそんな不思議な力が無い事を将臣は知っている。

 何か証明となるものを、と考えた時、思いつくのはひとつだけ。

 するりと懐から白龍の逆鱗を引き抜くと、其れを将臣の目前に突きつけるよう持ち上げた。

「此れは逆鱗。燃え盛る炎の中で、俺を助ける為に白龍が其の身を犠牲にして託してくれたものだ。……俺も良く解っているわけじゃない。けれど、此れには時空を越える力が備わっているのだと思う」

 そう。

 一度元の世界へと戻り、こちらへと渡った時に時間は遡っていた。

 そのことを思えば此の白龍の逆鱗には力が備わっているのだと考えるのが妥当。

「……それも、俺の所為か」

 白龍のことを聞き、呟かれた将臣の言葉は自責と悔恨の念が込められている。

 今の将臣に咎があるわけではないのに、こんな風に気に病んでしまうのは将臣の性格故か。

 不謹慎かもしれないが、其の姿を見て少しだけ心が軽くなったような気がした。

 好きであんなことをしたのではないのだと、……現金かもしれないが、赦せるようなそんな気がしたのだ。

「将臣、将臣……お前が還内府だと言うのなら、頼むよ。俺は……誰も死なせたくないんだ」

 考えることもあるだろう。譲れない部分もあるだろう。

 でも、互いの立場が解った以上此の侭流れに任せてしまってはいけない。

 重い沈黙が落ちた後、将臣は深い溜め息を吐いた。

「解った。俺だってお前等と戦いたくねぇ。幸い、福原事変はまだ起きてない。――和議を、成立させよう」

 其れには互いが動かねばならない、と将臣はそう言った。

 ――福原。そうだ、和議を成す振りをして、源氏が平家に奇襲を掛けた。奇襲が起きず、和議が成立したのならば……。

「誰も死なない世界になる」

 力強く頷いた将臣の姿に、一片の希望が見えた気がした。

「そうと決まれば熊野の協力なんて必要ねぇな。俺は今から平家の所に戻り説得してくる。……お前にこっちの説得を任せちまうのは悪ィが、平家も中々曲者揃いだからな」

 立ち上がり旅支度を始めた将臣に向けて、何度も何度も頷いてみせる。

「ノゾミ、裏切ンなよ」

「裏切るものか」

 悪戯っぽく言った将臣に、間髪入れずに俺も返す。

 裏切る筈なんてなかった。

 準備を終え、出て行く将臣の背中を見送った俺は、此の時未だ気付いていなかった。

 将臣が出て行った出入り口とは違う、もう一つの出入り口の影に隠れるように柱に立ち、俺達の会話を聞いていた人物が居た事に――。


【Back】【Next】
【朔TOP】
【遙かTOP】