その背はとても孤独に見えた。

 他人を拒絶しながら、それでも誰かの温もりを求めているように見えた。

 比胡は私の感情は思い違いだと言ったけれど……思い違いなんかじゃないよ。

 比胡がすき。比胡を孤独から救いたい。

 嫌われたくないとか、同情とか……そういう気持ちじゃ、絶対に、ない。

 どうして好きなのか、それは正直わからないけど……思いは本当。

 ――けれどあの日より言葉を比胡に伝える機会はなく……源氏と平家の合戦は本格化した。





「怯むな! 一気に畳み掛けろ!!」

 九郎さんの声が飛ぶ中、私は自然比胡の方へと視線が向いた。

 思えば今まで彼があいてとしてきたのは怨霊ばかり。

 しかし今回の相手は人間だ。

 葦切を操っているのが比胡であることは明白。

 僅かにでも敵に賢しさがあれば操っている方の人間を押さえようとするだろう。

 如何に葦切の扱いが巧いとは言え比胡の脚の事を考えれば危険なのではないだろうか。

 ……だがその考えが杞憂であったことが直ぐに知れた。

「――散れ」

 怨霊を相手にするように……否、それよりも無慈悲にすら感じる眼差しを兵に向け投げた言葉通りに蹴散らして行く。

 葦切の動きも普段と比べて格段に良い。

 まるで対人として作られたかのような姿には戦かずにはいられない。

 不意に、視線が比胡とかち合った。

 私が見ているなどと思わなかったのか微かに動きが鈍まったが、それも束の間。

 直ぐ様葦切を操る糸に意識を集中させ、私から目を逸らした。





 かつてない程優位に戦局が運べたのは比胡がいたからか私たちが強くなったからか――。

 既に敵の大将は撤退しておりこれ以上の戦は無益で、次第に平家に対する攻撃の手も揺るまり始めてた。

 ……ただ、一人を除いては。

「比胡!」

 赤い色が、広がる。

 蒼い色を持つ人の見つめる先は阿鼻叫喚の世界と化していた。

 人の足が、刈り取られる。

 低く構えた葦切はまるで流れ作業のように逃げようとする平家の兵の足を抱き込んで引きちぎる。

 嗚呼それは紛れもない足切り……。

 “あしきり”と言う名の刑があったことを思い出す。

 それを思うと何と象徴的な名前なのだろうか。

 人形には感情も表情すらもない筈なのに、石で作られたその瞳は嗤っているように見えて恐ろしい。

 凄惨なその光景は味方のすることとは言え思わず目を覆いたくなる程だった。

 ……比胡が、操っているのだ。

 細く伸びたその糸で。

 まるで己の足を厭うかのように人間の足を刈り取らせ続ける。

 誰もそれに制止を掛けれないのは、比胡が敵味方の区別をつけるか解らない程に冷酷そのものに見えるからだ。

 ……そう、見えてしまうのも仕方がない。

 だけれども私には只管に哀しそうに見えるのだ。

 ……これは、比胡にとって自傷に他ならない――。

「……ッ、比胡!」

 その背中に向かい、駆け出した。

 何ら反応を見せない比胡を止めるよう、糸を操る指を必死に絡め取る。

 振り払われる事はなかったが訝しげな目で見下ろされる。

 幾らそんな目で見られたとて、引き下がるわけにはいかないのだ。

「離せ、白き龍の神子。奴らが逃げる。我らの姿を間近で見ているのだ……後々厄介ごとに繋がらぬとも限らん」

 それは真理だ。

 だが、そうと言って容易に断ち切って良いものではない。

 何よりも……

「しなくて、いい」

 自分を傷つけるだけの行為はしなくていいのだ。

 ――比胡の顔が、歪む。

 私の真意を推し量るように。

 そうして、暫しの沈黙の後、比胡は緩やかにその手を下ろした。

 既に戦意を失ったかのように。

 その動きに合わせ、葦切もふっつりと糸が切れたように崩れ落ちる。

 ――横たわった人形は足を切り続けていたとは思えぬ程に、小さかった。







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