「花火大会? 行かねーぞ」
ソファに寛ぎながらつれない言葉を吐いた将臣に、望美は唖然となった。
8月12日。
今日は将臣の誕生日で、運良く今夜、花火大会があるらしい。
両思いになって初めての誕生日。初めて、二人きりで行く花火大会を楽しみにしていたというのに、誘ってみれば行かないと言われてしまったことに望美はショックを隠し切れずにいる。
「態々人に揉まれに行くこともねぇだろ。家でごろごろしてた方が良いぜ」
そうだろ? と、隣に居る望美に同意を求めるように首を傾げてみせる将臣がやけに癪に障り、望美はソファにあったクッションを将臣に投げ付け立ち上がった。
「? おい、望美」
「花火大会があるの将臣くんの誕生日だからって、浴衣買って、ひとりではしゃいでバカみたい……行きたくないならもういい、誘わないっ! じゃあね!!」
一方的に腹を立てている自覚はあったが、どうしても我慢できなかった。
将臣の呼び止める声も聞かず、望美は隣の自宅へと戻ったのだった。
「将臣くんなんて着信拒否ってやるんだから! ……、……将臣くんの、バカ」
携帯を操作し、口に出していたように将臣からの着信を拒否した望美は、其の指を、携帯のボタン上で止めた。
「浴衣も、プレゼントも……無駄になっちゃったな……」
携帯の画面を見つめる表情は寂しげで、今にも泣き出しそうにも見える。
其のタイミングを見計らったように、携帯の液晶に仲の良い友人の名前が表示され、一瞬遅れて着信音が奏でられる。
通話ボタンを押し、耳に押し当てると一際明るい友人の声が携帯越しに聞こえてきた。
『望美〜、今日花火大会行くんでしょ? その為に浴衣買ったもんねー。で、さ。望美は有川君と行くってわかってるんだけどぉ……望美のお母さんって、浴衣の着付け出来たよね? 私出来ないから頼みたいなぁ、って……望美? 聞いてるー?』
「……聞いてる。良いよ、おいで麻美。……その代わり、私も一緒に連れてってよ。 どうせ裕子と二人なんでしょ?」
憮然とした声で言い放つと、表情は見えないながらも電話の向こうの相手が驚いていることが解る。
『そうだけど……有川君どーしたわけ?』
聞かれるだろうと望美だって思って居たが、実際に聞かれて見ると矢張り複雑なものがあった。
だからか、余計言葉に棘が出てきてしまう。
「知らない。行かないって言ってたし」
望美の不機嫌さを悟ってか、友人は其れ以上問いかける事はせずに、『解った』とだけ言って電話を切った。
「吃驚しちゃった。あたし、望美来るなんて思ってなかったんだもの。有川くんと喧嘩でもしちゃったの?」
花火大会が始まる迄に未だ時間はあるのだが、既に祭りの雰囲気は広まっていて待ち合わせた場所も十分騒がしい。
喧嘩、という単語には思わず眉尻が上がってしまったが、喧騒で其れが聞こえない振りをしておいた。
しかし、了承したくせに優子には知らせてなかったのか、望美は自宅から共に来た麻美を見遣った。
けれど麻美は動じる事なく、一人や二人増えたところで何も変わらないという顔をしたきり。
「でも、ふふ。望美も一緒なの嬉しいな。浴衣良く似合ってる、可愛い」
ふわふわと笑うマイペースな優子の言葉に、其れ迄荒れていた望美も心も少しだけ和らいだ。
柔らかいクリーム地に、望美の髪よりも幾分か濃い桜柄の浴衣は、アップした髪にも良く似合っていて、より一層望美を可愛らしく見せていた。
「そう? ありがと。優子も可愛いよ」
巾着を持った手を持ち上げ、額に掛かった前髪を払いながら望美は少し照れくさそうにお礼を言った。
可愛いと言われたから此方も可愛いと言い返したわけではなく、おっとりとした優子の浴衣姿も、本当に可愛らしかった。
「ち、ちょっと。何で二人とも私のことは言ってくれないのよー」
其処に不満そうな麻美の声が響き、望美と優子は顔を見合わせ思わずくすりと笑ってしまった。
「何よ! あんた達酷い!」
浴衣の袖を押さえ、二人を怒るように麻美が腕を振り上げる。
其れを見て、きゃぁ、と軽い悲鳴を上げながら態とらしく麻美の傍から離れるように、少しだけ駆けた。
「きゃっ!」
御ふざけとは違う、優子の上げた声に望美は其方に視線を向けた。見ると、優子が男グループの内の一人にぶつかってしまったようだ。
「ご、ごめんなさい……」
痛かったのか涙目で謝っている優子の腕を、ぶつかられた男が掴んだ。
穏便でないその対応に、厭なものを感じ望美は彼らの方へと駆け寄った。
「いてぇなぁ。骨折れてたら如何してくれてたんだ? こんな場所で走ってンじゃねーぞ」
脅しかけるような言葉に、優子は其れ迄の笑顔を一気に無くし、カタカタと小さく震え出してしまう。
「お前女の子虐めんなよ。この子カワイーじゃんか。一寸オレ等に付き合ってくれたら許すから、そんなに怯えなくていいよー?」
厭らしい顔つきをした男が宥めるように言い、優子の顔を覗きこんだ。
大学生くらいの男が4人。
ちらりと望美が麻美に視線を向けると、既に彼女も動けなくなっていた。
逆に巻き込まれずに済んで良かったのかもしれないと望美は思った。
武器が無い今、4人相手では少し分が悪いか。
其れでも望美は、今此処で大人しく彼等の暴挙を見過ごすわけにはいかなかった。
「――手を離して下さい」
友人の腕に掛かった手を、極々自然に取り払う。
其れがまるで当然の流れのようで、男の手は難なく細い腕から離れていった。
「何だてめぇ、オトモダチかぁ? ……お、何だ、アンタ、すげぇ可愛いじゃんか。アンタがこの子の変わりにオレ等に付き合ってくれんの?」
結局こういう輩は女であれば誰でも良いのだと望美は鼻白みつつも、友人を背に庇うようにし、その子だけに聞こえるように、此処は自分に任せてもう一人の友人と逃げるように指示をした。
其れに戸惑いながらも、ひとつ頷いて優子は麻美の方へと駆け、其の侭二人の気配が遠ざかるのを感じてから口を開く。
「残念ですけど、お付き合いするつもりなんてこれっぽっちもありません。ぶつかったのは悪かったと思いますけど、其れと此れとは話が別ですから」
きっぱりとした口調で言い放つと、男達はカッとなったように顔を怒らせる。
今にも襲い掛かってきそうな男達よりも、望美の行動が一瞬早かった。
直ぐ傍に居た――優子がぶつかった男の顔面に巾着を思いっきりぶつけ、怯んだところに腕刀を用い、男の胸元を押し遣った。
バランスを崩した男は仲間を巻き添えにするように倒れて行く。
其れを最後まで見届ける事無く、望美は踵を返し、男達から離れる為に駆け出した。
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