ふとした瞬間に、面影が重なる。
其れは当然のこと。
だって元は同じ人なんだから。
過ごしてきた時間が格段に短くとも、その本質が変わるわけではない。
……以前とは違う時空の流れを辿って来た。
ウグイスの声を共に聞いたり、私室を見せて貰ったり、かくれんぼをしたり。
戦時中だとは思えない程に、優しい時間を過ごし、それがまた、二人で暮らしたあの頃を重なる。
“何度だって君に恋をします。”
彼はあの時確かにそう言ったけれど、其れは私の方の台詞だった。
恐らく私は此れからも、哀しみと共に幾度も恋に落ちるのでしょう。
……壇ノ浦での決戦が差し迫る。
一体何処で分岐が起こったのかは解らなかったが……、弁慶さんが、源氏を裏切るような事はなかった。
彼は言う。
共に私の世界へ行けたなら、と。
彼は言った。
少しだけ、寂しそうに。
だから、だろうか。
どうしても不安が、拭えない。
……弁慶さん、あなたは“また”何か、隠していませんか――?
「君は帰って下さい」
平清盛を共に滅した後、彼は真っ直ぐに私に告げた。
最初から二人の未来なんて望んでいなかったかのように、迷い無く。
何故ですか。如何してですか。
私はあなたの為だけに再び戦の最中に身を置く覚悟をしたのに。
あなたが望んだから、私はもう一度遣り直す覚悟が出来たのに。
「あなたが、私に帰れと言うんですか? 私が、残りたいと言っても?」
共に過ごして行くうちに徐々にあなたが私を見る目はあの頃と同じになっていった。
自惚れているわけではない、此れは確信。
ねえ、弁慶さん。私の事好きですよね……?
それなのに、あなたが私に帰れと言うんですか?
「はい。君は此れ以上此処に居てはいけないんです。僕は君が帰る為なら、何でもしますよ」
――若し、私が何も知らなかったのなら。
私は、彼の言葉に従い帰っていたのかもしれない。
其れが彼の真の願いだと信じて、帰ってしまっていたのかもしれない。
けれど、私は知っている。
此れは何らかのものから私を守るためのことなんだって。
前の時空のあなたも、そうでした。
私を守るために、嘘を幾度も吐きましたね?
だから、此処で引き下がるわけにはいかないんです。
「……私の行く道は私が決めます。それは弁慶さんに指図されることじゃ、ありません」
強い語気に、弁慶さんは些か驚いたように目を見開いた。
きっと彼は言い募れば私は諦め帰ってしまうと思っていたのだろう。
「私は弁慶さんと一緒に居なくちゃならないんです。あなたと離れる事が、私の心に一番深い傷を負わせる。……大丈夫です。私は、運命を切り開きます」
弁慶さんに帰れと言われたのは、心臓をナイフで抉られるように辛かった。
其の言葉こそが凶器だ。
けれど此のまま帰ったら――私は二度と、立ち向かえなくなりそうだから。
あなたと共にいられるのなら、私はきっと強くなれる。
目を逸らすことなく真っ直ぐに彼を見据えると、弁慶さんの動揺が見て取れるようだった。
「……望美さん、僕は――」
不意に、周囲がざわめき出す。
戦は終わった筈なのに、矢を放つ音が聞こえて来るのは、何故?
「――何だ! 何故、背後から……!」
九郎さんの声が、驚きに震える。
「……矢張りこうなってしまうのですね。……何故残ったのですか、望美さん。君は、馬鹿だ……」
弁慶さんの泣きそうな声音を聞きながら、私は源頼朝が九郎さんを討ちに立ち上がったのだと知る事となった――。
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