毒が欲しい、と少女は呟いた。
 男には其れがどういった意味なのか解らなかった。


「何だ、其れは」
 突如として呟かれた言葉がどうも気に掛かり、鍛錬の手を止めて望美に問い掛ける。
 視線を向けると、このまま休憩に入るつもりなのか同様に剣の鍛錬をしていた望美も剣を降ろした。
「言葉通りの意味ですよ」
 其の意味合いを計りかねているのに、目の前の少女は答えようとしない。
 こめかみを伝って顎先へと流れる汗が不快で、手の甲で拭おうとすると無言で望美が手拭いを差し出した。
 礼を言おうと思えども、何処か言い難い雰囲気が流れ結局此方も無言の侭手拭いを受け取ってしまう。
 軽く拭うに留め乍も、先ほど零された言葉の真意を測ろうとする。
 しかし導きだそうとする方法が根本的に間違っているのか、目の前の少女が自ら命を断ちたがっているようにしか思えない。
 ――そんな筈があるものか。
 浮かんでくる答えを打ち消すものの、其れ以上の何かが出てくる訳でない。
 僅かに眉を寄せ、結局は愚直過ぎる形で問い掛ける事にする。
「言葉通りに取ると、死にたがっているように聞こえるが」
 浅いとも言い切れぬ付き合いで、そんなことは先ず無いだろうと思っている事が言葉尻に滲む。
 其の事は望美にも伝わったらしく、態とらしいまでに「まさか」と片眉を跳ねられた。
「私がそんなことする筈ないじゃ無いですか」
 からかう訳でもなく、ただ事実を語るような口振りに思わず何と声を掛けて良いのか解らなくなる。
 此の少女はこんな風に人を食ったように話していただろうか?
 其れすらも記憶に靄が掛かったように曖昧だ。
 手拭いを手にしたまま何も言わなくなった姿を見てか、望美は口元に微笑を浮かべ小首を傾げて見せる。
 そうしてさも当然のように柔らかな唇をゆっくりと開くのだ。
「ただ偶に厭になってしまうんですよ」
「……何がだ?」
 其処まで口に出しておいて隠す事はない筈で、間を置くようにゆったりと話す姿に思わず焦れて催促の言葉が漏れる。
 そうすると催促ですら最初から知っていたように、一層笑みを深くして望美は続ける。
「美しいものを美しい、って感じて、其れに留めておけないことに」
 彼女の言葉は酷く曖昧に響き、その意味の半分も理解する事が出来ない。
 態とそう言う風に話しているのだろうかと思う程だ。
 顔に感情が自然と出てしまっていたのかもしれない。
 望美は目を細めた後に、剣先に視線を落とす。
 そうするともう、表情は伺えない。
「最初は単純に美しいなって思うんです。美しいって言葉自体も、凄く良い響きがある。……でも、何でかな、自分にその美しさが無いと気付いちゃったら、もう、純粋な感情で留めておけないんですよ」
 目の前の少女が言う、「自分」が誰のことを示すのか解らない。
 語る言葉も矢張り抽象的過ぎて脳に流れ込んでは来ない。
 そんなことは端から承知であるように――否、元々理解して貰いたくはないのだと言う風に言葉を重ねて行く。……何とも、寂しげに。
「妬ましいとか、思っちゃうんです」
 ――掛けられる言葉など、何があったのだろう。少女の言葉も、気持ちも、理解出来なかった自分に。
 もしも相応しい言葉があるというのならば、どうか教えて欲しい。
 少女から滲み出る寂しさを、少しでも和らげる方法があると言うのならば、教えて欲しい。
「でも、きっと」
 どれくらいの間を置いてだろうか、其れまで醸し出していた寂しげな雰囲気を払拭させるよう、望美はぱっと顔を上げ、華やいだ笑みを浮かべてみせる。
 まるで、それまでのことは冗談であったかのような笑みだった。
「でも、きっと、……いつかは、美しいと感じたひとに、花束を贈れるように、なれると思うんです」
 此方をじっと見詰める少女の言っている言葉の意味は、相変わらずさっぱり解らない。
 けれども、どうしてか。
 少女の眼差しは決して不快なものではなかったのだ――。
 



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