「愛って何だと思う?」
 硬めの褥に仰向けになったままの状態で、先程まで愛を確かめ合っていた筈の少女が呟いた。
 そもそもこの行為に愛というものがあったのかと問われれば言葉に詰まるところがあるのだけれど(勿論此方は十分彼女を愛しているつもりだ)、今此の間で己に問いかけるとは。
 天井を見上げる瞳は無感動。
 流石に些か堪えるものがある。
「……ね、答えてよ」
 普段とは違う、鋭さのまるでない瞳が此方を捉える。
 一体どのような返答を求めているのか到底此方に読ませぬような瞳だ。
 ――元より明確な答えなど求めていない、というのが本当のところかもしれない。
「愛を語れる程、愛について知ってる訳じゃないよ、姫君」
 ぽつりと零れ落ちた言葉は本音。
 紛れもない本音。
 何故ならばこの世に出でて生きた時間なぞそう誇れるものでもない。
 そんな僅かな年数で、一体どれ程の事を胸を張って言えるだろうか。
 別の誰かであったならば見栄も処世の一つとして全てを見知っているかのように語っただろう。
 逆を言えばこの少女であるから下手な対処は出来ない。
 してしまえばたちどころに糾弾されてしまいそうだった。
 何もかもを見据えているような、その瞳に惹かれるのと同時、酷く恐ろしいと感じることも間々ある。
 疚しいものが自分には無いから、今もこうして対峙出来ている気がする。
「ほんとうに? ヒノエくんなら知っていそうだと思ったのに」
 気怠げな音である癖に、まるで問い詰めているかのような声は背筋を粟立たせる。
 本人にしてみればそんな心算はないのやも知れないが、そう聞こえるものは仕方がない。
 ――本能的に、負けているのかもしれない。
 その事に気付いた時には悔しいと思った事も辛いと思ったこともあった。
 しかし今は甘んじて此の自分の葛藤すら受け入れる事が出来る。
 負の感情があるからこそ、驕らずに彼女の傍に居て、自分なりに彼女を守る事が出来るのだろう、と。
 言ってみれば此もある種の愛なのではないか。
 面と向かって言うには些か表現することが難しく、上手く伝わらないのだろう。
 だから思わず口を噤んでしまう。
「ねえ」
 黙り込んだ姿を眺めているのも飽いたように、何かを促すような声が耳に届く。
 その声にはっとなりながら、口元に微笑を浮かべて彼女の方を見遣った。
 考え事をしていたことを咎めるような、そんな瞳だ。
「言葉を並べ立てるだけなら幾らでも出来るさ。お前の為ならね。でも、愛ってそんなもんじゃ無いだろ」
 囁くように言い乍、二人の距離を詰める。
 そっと手を伸ばし、寝そべった侭の少女の手を掴む。
 ――ひやり。
 嗚呼、何て冷たい手なのだろう。
 触れた手に一度視線を向けはしたものの、振り払う事も握り返す事もせずに、彼女はゆっくりと瞼を伏せた。
「……てっきり私のことを想う気持ちが愛なんだよ、と言ってくれるものだと思ってた」
 淡とした声からはまるで本音の色が浮かばないと言うのにやけに真実味の籠もった言葉で、苦笑いが浮かんでしまう。
 言ったら言ったで目の前の少女は先ず疑って掛かる事は明白だと言うのに。
「言ったろう? お前の為なら幾らでも言葉を並べる事が出来る。行動で示す事もね。……でも、きっとお前には俺の愛が伝わらないよ、望美」
 片方の手は彼女の手を覆った侭、残った手で彼女の額に掛かる髪を払う。
 嘘偽りのない言葉だというのに、きっと彼女の耳には戯れ言のようにしか響いていないのだろう。
 ――彼女は己の愛を信じない。
「……そう思ってるから伝わらない。私は私なりにヒノエくんに愛情を抱いているよ」
 “私なりに”など。
 嗚呼、何て其れは怠惰な愛情であることか。
 どれ程懸命に此方が愛を打ち明けたとて受け入れる気の無い愛情。
 ――お前は本当は誰も愛しちゃいないんだろう?
 気付きながらもその事を口にしない己に思わず自嘲の笑みが漏れた。



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