「君は狂ったように剣の稽古をするんですね」

 柔く穏やかな微笑みを浮かべ、まるで睦言を紡ぐように彼は私にそう言った。



「……酷くありませんか。私、もっと剣の技術を上げたいだけです」

 自分でも膨れっ面をしているのが解る。

 せめて鬼気迫る、とか、他にも言いようがあっただろうに。

 ……いや、その表現も年頃の女の子としてされるのは如何かと思うけど。

 こうやって責めてみても彼――弁慶さんはそうですか、と問い掛けるように小首傾げてみせるだけ。

 そんな些細な仕草ですら一々目を引くには充分で、「狂ったような」と称された自分と比較して卑屈になりそうになる。

「第一、女の子に対して失礼ですよ! 剣を振るってる姿はまるで舞っているようですね、とか、言いようがあるじゃないですか!」

 態と声に怒気を孕み彼に訴えかけるが、矢張り彼は柔く笑って悪戯げな瞳をするばかり。

「僕はそんな嘘は吐きませんよ」

 ――こういう態度が酷く憎らしい。

 彼は嘘吐きだと思うのに、今この瞬間には明らかに嘘は吐いていないと知れる。

 だと言うことは、本当に私は狂ったように剣を振るっていたのだろう、繰り返し、繰り返し。

「酷いです」

 そんな事実をつきつけるなんて。

 きゅ、と唇を引き結んで言うと、弁慶さんは更に笑う。

「どうしてそんな泣きそうな顔をするんです?」

 彼は優しくない。

 優しげな表情をして、優しげな声を出して、私を追い詰める。

「泣きそうな顔なんて、してません」

「僕の言った言葉に傷ついたんですか?」

 不思議そうな顔。きっと態とだ。

「傷ついてなんかいません。腹が立っただけです」

 だから私も憤った風装い、顔を背け乍吐き捨てる。

「本当のことを言われたからですか?」

 きっと彼は笑ってる。

 厭な奴、厭な奴!

 お腹の中に黒いものが溜まってきそうになる。

 私は今、怒っているんだって自覚する。

 彼はきっと自分の発言が私を怒らせるんだろうって知っていて言っている。

 それがより私を苛立たせる。

「何が言いたいんですか」

 出来るだけ冷静になろうと、冷めた声を出そうとする。

 しかしそれも失敗に終わって、感情が色濃く滲み出てしまっていた。

「何がそんなに君を突き動かすのか、気に掛かっただけですよ」

 真意を計り兼ねる。

 弁慶さんのことだ他にも何かあるんじゃないかと知らず知らずのうちに穿った見方をしてしまう。

 根本的な部分で、私はこの人のことを信用していないのかもしれない。

「如何して気に掛かるんですか」

「君のことが好きだからです」

 間を置く事もなく淡とした調子で返される。

 ただその態度は嘯くといった感じのもので、信用するには事足りない。

「嘘、」

 本当ですよと唇に薄っすら笑みを乗せて彼は重ねて言う。

 好きだからですよ。

 咽喉がからからに渇いてしまうような錯覚。

「嘘つき」

 好きですよ。

 重ねて重ねて、繰り返す。

 ぐ、と剣の柄を握る手に力を込めた。

 何度も何度も、頭の中を彼の声が木霊する。

 “好き”という嘘めいたことばが、狂ったように繰り返される。

 ――まるでそれがほんとうのことであるかのように。

「覚えていてくださいね、僕は、君が、好きなんですから」

 最後に植えつけるみたいに彼は囁き去って行った。

「……うそつき」

 そう思うのに、彼が去った後も、繰り返される音の羅列。

 好きです。

 一体其の言葉で私の何を縛ろうと言うの。

 彼の言葉に巻かれてしまうことも避けたいのだが、何処か何かしらとても強い――強いて言葉にするのならもどかしさが込み上げて来てしまい、苦しくなる。

 何とか狂ったように繰り返す彼の言葉を脳裏から引き剥がすように頭を降り、剣を構えた。

 そうして再び、私は“狂ったように”剣の稽古を始める事にする。

 はやくはやく、この不可解な感情を、振り払いたくて……。





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