■瑠璃蝶々
本当は綺麗に生きたかったけれど。
本当は優しくなりたかったけれど。
其れでも赦せないと思うものはあった。
其れでも、心は抑えられなかった。
私が貴方に向ける言葉は、悪意に満ちた酷い言葉。
「――其処まで神子殿に可笑しな仕打ちをした記憶は無いのですが?」
あからさまに不機嫌そうな顔持ちで、尤もな事を彼は言った。
「そうですね」
其れに対して否定は出来ないからこそ、さらりと誹りを受け入れた。
しかしこの態度が尚更気に食わないのか、彼は更に顔を顰める。
「別に嫌われていようが構わないのだが、理由が解らぬのは気持ちが悪い」
理由が解らないだなんて良く言う。
此れから自分が何をしようとしているのか、解っている癖に。
――未だ、身に覚えはないだろうけれど。
「人を嫌いになるのに理由が要るんですか? ……ただ、気に喰わないんです。泰衡さんが」
そういう風にしておけば、深く追求されずに済む。
平泉を守る為に色んなものを犠牲にしようとした此の人が赦せないのだと気付かれずに済む。
逆鱗の存在を知っていた彼だからこそ、私が来るべき未来を知っている事を悟られないとも限らない。
だから、単純に気に喰わないのだと言うだけ。
そういうことにしておいた方が良いのだ。
「――……必要無いでしょうな。……となれば、此れ以上の会話は無用。失礼仕る」
嫌悪や、そういった類のものではなく一瞬複雑に彼の表情が歪む。
しかし直ぐに何事も無かったかのように一礼すると、踵を返し立ち去って行った。
一人になったという事実があるからか、一層、空気が冷たくなったような気がした。
「……何よ」
如何してあんな表情をするの。
――如何して、あんな傷付いたような表情をするの。
悪者で居て欲しいのに。
悪意を向けるのに十分な人で居て欲しいのに。
私の胸に、紫色の炎が静かに燻ったまま、消えない。
けれどその炎の中に、赦したいという白い気持ちが生まれてきてしまう。
紫の中に白が存在することで、私の心の中にまるで花が咲いてしまったようだ。
悪意という名の花。
まるで其れは瑠璃蝶々のように存在している。
「――瑠璃蝶々……」
小さく唇を動かして、ぽつりと呟いてみた。
悪意という花言葉を持つ花。
――他にも、何か意味があったような気がする。
「……瑠璃蝶々」
そっと胸に手を当ててみると、ざわざわしたものが込み上げてみる。
如何したというのだろう。
赦せなかった筈の人のことばかりが浮かんでくるのだ。
傷付いた顔を見て、後悔している自分が居るのだ。
バカみたい。
自分で傷つけておいて、憎いと思っておいて後悔するだなんて。
バカみたい。
……自分で嫌いって言っておいて、嫌われたくないと思っているだなんて。
小さく溜息を吐いて視線を上げると、銀が此方に向かってきているのが見えた。
彼に向けて片手を上げ、微笑みを浮かべたけれど、其れは、少し引き攣っていたような気がする。
――私は如何したいのだろう…?
悪意と言う名の胸の内の花に語り掛けつつ、私は銀の方へと歩き始めた――。
瑠璃蝶々の別名はロベリアです。
花言葉は悪意、譲る心。
補足説明をしますと、泰衡に対する悪意がやがて消えて赦しても良いかな、という譲る心になれば良いなあ、なんて。
現時点では望美→銀っぽく。寧ろ銀の真のEDに向かう途中っぽく。
補足が必要なのも如何かと思いますが!(笑)