■同じ空の下 16
厳しい表情で立ち塞がる敦盛さんを見ると、此の人は私を知らぬのだと思い知らされる。
……恐らくは、きっと。
敵として立ち塞がった敦盛さんは、此の時空では私の仲間になることはない。
幾度となく時空を越えてきた身であるからこそ悟った、悲しい未来。
何時だって仲間であると信じていた人が敵に回ることがこれ程に辛いだなんて思わなかった。
そして、私を庇うようにして立っている譲くんもそう。
此処ではない世界で仲間として共に過ごした敦盛さんを、敵という目でしか見ていない。
それはとても悲しい事。
そうじゃないんだよ、敵じゃないんだよと声を上げて叫びたくっても。……叫んだとしても。
其れは理解されることはないのだろう。
「知盛殿、一旦引いて傷の手当を……」
其れまでの間、何とか持ちこたえてみせると言う風に厳しい表情のまま敦盛さんは杖を構える。
平家の援軍が来ているのかもしれないが、少なくとも数分は一人で持ちこたえねばならぬことになるというのに、敦盛さんは臆すことなく立っている。
其れは知盛を――仲間を護ると言う思いからか。
武門の家に生まれた誇りであるからか。
何にせよ、皮肉なことだ。
けれど。
「……終わらせないと」
終わらせなければならない。
戦をこれ以上長引かせるわけには行かない。
長引けば長引くほどに人が傷つくことになり……心も、傷つくことになる。
私の呟きが、他の誰よりも先に知盛に届いたような気がしたのは、気のせいだったのだろうか。
知盛は、笑う。哂う。嗤う。
まだ終わらせるには早すぎる、と。
「流石に不利だからな」
知盛の口からそんな台詞が洩れると同時に、怪我を負っているとは思えぬ俊敏な動きを見せ、何故か、敦盛さんの背を押し、私達の方へと突き飛ばした。
その不可解な行動に瞬時誰もが対応することが出来なかった。
其れを行った本人、知盛を除いては――。
「油断とは、余裕だな……」
紡がれた声が、嗚呼、聞こえていたのに。
よろめいた敦盛さんを綺麗に避けるようにしてぐんと距離を縮める知盛の姿に、危険を察知する。
間合いから見て譲くんが危ないのは明白だ。
だというのに、私は、遂に動けなくて。
「止め……ッ!」
静止の言葉すら、まともに紡げなくて。
横に一文字の軌跡を描いた剣を、防ぐことは出来なかった――。
「ぐ、ぅっ!」
肉が切れる時は、其れ程大きな音はしない。
ただ剣と骨がぶつかる時に鈍い音が鳴るのだ。
「知盛ィ!!」
譲くんの脇腹に剣が入った時、剣は深くを貫かなかった事を瞬間的に悟る。
知盛に切りかかりそうになるのを冷静な部分でぐっと抑えながら此れ以上剣が深く刺さらぬようにと知盛の剣と譲くんの間に剣を滑り込ませ、足を踏ん張らせる。
思いの外矢傷は障りを与えているのか予想していたよりも知盛の剣は幾分も軽く、踏みとどまるだけのつもりが押し返すことも叶った。
「譲くん、大丈夫?!」
「知盛殿!」
私が譲くんに問う声と、敦盛さんが知盛に掛ける声が重なる。
小さく呻きながら膝をついた譲くんは、大丈夫ですと微かに答えた。
「……撤退する」
何時の間にか知盛と私との距離が開いていて、追いかける間もなく知盛は敦盛さんと共に踵を返した。
――源氏の援軍を呼んだ。
そして、恐らく平家側も援軍を呼ぶのだろう。
そうなれば最早此れは小競り合いでは済まされない、源平の戦の最終的なものになる。
こんな決着は、見た事が無かった。
こんなに仲間が傷つけられるのも、……久方振りだった。
「………………」
譲くんと先生の傷ついた姿を交互に見遣ると、知盛がした行為に涙が出そうになる。
憎む気持ちは強く、赦せないという気持ちは胸に根付いている。
其れでも、知盛がした行為に胸を痛めてしまう程には未だに私は知盛の事が好きなのだ。
……心を落ち着けるように大きく息を吸い込む。
――吸い込んだ空気は、澱んだ血の味がした。