■望まれた迷宮
 日付が変わる迄にあと少しの猶予もない。
 こんな時間に抜け出している事を知れば母親は心配するだろうかという不安が浮かんでくる。
 ――明日になれば、皆は元の世界へと戻りもう逢う事は叶わなくなるだろう。
 それに一抹の残念さを感じながらも、今、心は別の事に囚われていた。
 ギ、ィ――
 重厚な扉を押し開け、教会の中へと足を踏み入れる。
 施錠をされていないことに少なからず疑問を感じたが、逆に、呼び寄せられたという思いが強まった。
 シンと静まり返った教会の奥に進む、足音だけがやけに響いていた。
「……知盛……」
 ほっそりとしたか細い声で其の名を呼んだ筈なのに予想外にその声は響いてしまう。
「……いない、の……?」
 唇に指の背を押し当てて俯く。
 暗い内部に見えるのは、動きによって微かに揺れる己の髪だけ。
 矢張り聖夜に起きた邂逅は奇跡だったのだろうか、幻、だったのだろうか。
 先ほどまでは確固たる確信があったのに、今では心細さだけが残っている。
 悲しみからか、寒さからかカタカタと震える身体を自分自身で抱きしめ、目を伏せた。
「――震えているな、お嬢、さん」
 少女の華奢な身体より幾分も大きな個が、後ろから肢体をやわらかに包み込む。
 冷たい空気の追随を許さぬかのように、二人の身体を密着させる。
「知盛――ッ」
 龍神の神子として在れるのは、明日の朝まで。
 きっと皆が帰ってしまったならば何の力も持たないただの女に戻ってしまう。
 だから、賭けた。
 だから、信じた。
 若しも二人の思いが交錯していたならば、あの夜出会えたこの場所でもう一度会える筈だと。
 顔を見たいのに、耳の後ろから首筋へと舌を這わせている彼は、一向に絡めた腕を解こうとはしない。
「ねぇ、知盛、待って……」
 するりと冷たい手が横腹を滑るように服の中へと進入してくる。
 その手を押し留めるように、服の上からそっと押さえた。
 瞬間、それに従うように服の中から手が引き抜かれ聞き入れてもらえたのがと安堵したのも束の間、
「お喋りは、必要無い……」
 くん、と桜色の髪の毛を軽く下へと引っ張り、顔を仰向けにさせる。
 噛み付くようにではない、焦らすようにじっくりと下唇を舐めてから徐々に口内に侵入してくる。
「――ッ、ン……」
 歯列を割り、舌に絡み付こうとする彼の舌に怯えたように身を引こうと試みるも、力は上手く入らず、
 二人の唾液を存分に混ぜ合わせるかの如く舌が動く。
 溢れ出た唾液が唇の端からツゥと流れ落ち、顎に伝って行った。
 身体にすっかり力が入らなくなった時点で漸く唇が解放され、崩れ落ちそうになる身体を見た目よりもがっしりとした腕に支えられる。
 唾液に濡れた唇と、唾液の跡を見て知盛は顎から再び唇へと舌を這わせ、舐め取った。
 人の意見を聞き入れてくれない傲慢さ。
 ゆったりと身体を傾けて行き、最前列の長椅子に上半身だけを乗せられる。
 膝は床に付いたまま、長椅子にうつ伏せにされた身体に、男の身体が圧し掛かって来る。
 瞼を押し上げると綺麗に掃除された祭壇が目に入った。
 神の御前、神聖なる場所で行為に及ぶと言う背徳。
 主よ、我らを罰しますか――?
 鈍った思考を更に泥酔させるように、  ねっとりと耳を舐められ、熱い吐息が吹き込まれる。
「口付けだけで大分参っておられるようだ……」
 くっ、と喉で笑う音が聞こえたかと思うと再度服の中にと手が伸び、僅かな隙間から指が入りこみ胸を揉みしだいて行く。
 喉が渇くようなもやもやとした感覚に陥りかけ、嗚呼、これはもっと愛して欲しいのだと何故だか思った。
 内股が熱くて仕方がなくて、ぎゅ、と力を込めようとした所で彼のもう一方の空いた手が、下半身に伸ばされた。
 腿に触れるか触れないかという微妙な肌の辿り方をしながら、最奥に向かいゆっくりと指を進めて行く。
 もっと早く動いて欲しい、もっとちゃんと触れて欲しい。
 下着の上から秘部に触れた指先の感覚はとても軽いものだった筈なのに、その瞬間ビク、と身体が揺れた。
「淫乱なお嬢さんだ。…もう既にこんなに濡らして…。あの夜以上、だぜ…」
 あの夜。と、そう強調させるように言葉を紡いだ相手に、乱れる息を抑えながら、視線を向ける。
 ――断片的な記憶。
 何処からが夢で、何処までが現実か解らなかったあのクリスマスの夜。
 あの時も、此処で、こうしていた…?
 その答えを聞きたかったのに、彼の指は容赦なく下着をずらして指を一本ナカへと進入させてくる。
「ァ……ッ!」
 いきなりの刺激に痛みとも歓喜とも言えぬ声が漏れ、口を押さえた。
 狭く、熱い襞が指に絡みつく。
 其れに恍惚そうな表情を浮かべながら、ぐちゅぐちゅと音を立て掻き乱し、指の本数を増やして行く。
「ぁ……ヤァ……ッ……」
 もっとして欲しいと願う身体は、既にあの夜に慣らされてしまった?
 指を引き抜かれた時、物欲しそうな顔で知盛を振り返ってしまったのだと思う。
 抜き取り愛液に濡れた自分の指に舌を這わせ、淫猥に唇を歪ませながら、何時ものようにゆったりと知盛の唇が動く。
「焦らずとも、欲しがっているものはやるさ……」
 下に纏った布だけを剥ぎ取られ、先程まで指があった場所に、指とは比べ物にならない程の質量と熱を持ったものが宛がわれた。
 ぐっ、と腰を押し当てられると身体を二つに引き裂かれる程の苦痛が身体を駆け巡る。
「く……ぅ……」
 歯を食いしばり堪えようとしてもぼろぼろと涙は溢れ出てくる。入口はまるで噛み切るようにきつかった。
「ッ、あの夜…こうした時にお前は何度も何度も謝っていた……『貴方が欲しいと言ったのに、置いていって御免なさい』と……」
 苦しげな声を出しながらも低い声で囁きかけている知盛には些かの余裕があるのだろうか。
 今にも途切れそうな荒い、浅い呼吸を繰り返し、その言葉の意味を考える。
 ――嗚呼、そうだ。
 あの和議の前夜、知盛と剣を交え、共に生きる運命を選んだ筈だったのに――。
 忘れていた大切な記憶が、知盛との会話に触発されてパン、と弾けるように心に広がった。
 若しあの時、無事に和議が成っていれば、ずっと一緒に居られた筈なのに。
 ……如何して忘れていたのだろう。
 苦しさと切なさを滲ませた息が漏れ、先程とは種の違った涙が溢れる。
「悲嘆に暮れたその表情も、……悪くない。手放したくなくなるな……」
 現代に戻る時に、既に記憶を失っていたとは言え裏切った事に相違ない自分に、愛おしげに語りかけてくる。
 独占欲剥き出しの台詞は、本心からのものだとも知れる。
 互いの熱を掻き立てるかのように彼は熱い内部を揺すった。
 狭い肉孔の皮膚で摩擦される感触に、其れまで思考を占めていた事柄が何処かへと飛び、頭が真っ白になる。
 両手を腰に添え、やわらかな皮膚に跡が残るほど指を食い込ませ不規則に突き上げてくる。
 その動きに翻弄されて快感に喘ぎ、腰をゆらして貪欲に相手を飲み込み締め付ける。
 情欲に濡れた瞳は、既に世界を映してはいない。
 結合部から濡れた卑猥な音が響き、痺れを伴う甘い淫らな快感が下半身を麻痺させた。
「……ック」
 より一層激しく動いた後、内部に熱いものが注がれる事が解った。
 ずる、と身体の中から愛しいものが引き抜かれ、その動きに釣られるように中に放たれたモノが共に流れ落ちるのを感じていた。
 ぐったりと長椅子に横たわったまま、力が出ずにいる。
 しっとりと汗がにじみ、髪が貼り付いている首筋にそっと唇が押し当てられた。
 ──これが、あんまりにも幸福だから。夢だとしても、もう……手放したくはないから。
 だから、願った。
 どうか私があの壊れてしまった迷宮を作ったのだとしたら、どうか、私に具現化の力があるのだとしたら。
 このまま私達を閉じ込めてしまって下さい。
 私のこの心に済む魔物を、封じ込めて下さい。
 二人でこのまま生きて行きたいのです。
 そして、若しも迷宮が出来る事があったのならば。
 どうか、その迷宮に足を踏み入れないで下さい。
 気が触れて壊れてしまったとしても、私は迷宮の中に居たいのです。
 どうか、その迷宮を、解かないで下さい……。
 ―――それが、私の最期の願いです。

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