■傍にいたいという願い 9
「将臣、呼んだ?」
 ひょい、と顔を覗かせると将臣の手がひらひらと揺れる。
 部屋の中を見回してみても他の人間の姿は無く、一人きりのようだった。
 男連中が多い為の大部屋に一人きりでいると、とてつもなく広く見えるのは気の所為か。
 風通しが良くなるように、部屋にある二つの出入り口の扉は両方開け放たれていた。
「用っていう用じゃねぇんだけどな。暇だったから話でもしてぇなぁと思ったんだよ」
 そんなことだろうと思った。
 其れが正直な気持ちで、其れでも中々逢えぬ友人と話せるのは悪くない話だ。
 軽い足取りで将臣の隣に腰掛けると、足を投げ出した。
 長く伸びた髪が首筋に張り付き気持ちが悪い。何もかもが終わったら、真っ先にこの髪を切ろうと此の夏が思わせる。
 暫く取り留めの無い会話を続けた後、将臣が不意に真剣な顔になった。
「なぁ、“源氏の神子”って、知ってるか」
 ともすれば聞き逃してしまうような、ささやかで何気ない声音。
 其れは自分のことを示すのだとは、何故だか咄嗟に紡げなかった。
「なんで……?」
 如何してそのような事を聞いてくるのか、その理由が解らず、質問に質問を返す。
 すると将臣は少しばかり困ったように頭を掻き、天井を見上げた。
「や、一寸な……。……お前も、神子って呼ばれてたから」
 其れは気にするような事なのだろうか。気に、しなければならない事なのだろうか。
 ――答える前に、ひとつ。将臣に確認しておきたい事があった。
「将臣。お前が此の間話してた奴、誰だ」
 意外な事を聞かれたかのように、将臣は軽く目を見開いた。
 けれども直ぐに普段の顔を取り戻し、何事もなかったかのように口を開く。
「ありゃ俺が世話になっている所からの使いで――」
 そんなことは聞かなくても解っている。
 見知らぬ者だったのならば「色々大変なんだろう」と、それだけで終わっていたのだとも思う。
 けれども、違った。
 俺は将臣が“使い”として言った男の顔を知っていた。
 あれは、間違いない。――時空を越える前に、平家側に居た男だ。
「お前が世話になっているのって、……平家、なのか?」
 出来れば其れは杞憂であって欲しい事だった。
 だが、その期待は儚くも砕け散る。驚いたように言葉を失くした将臣を見ると、答えは明白だった。
「……そう、なんだな。……畜生! 何でだよ……」
 此処が、俺が知って居る史実と同じであったのならば源氏が負けるということはなかった筈だ。
 以前平家は不自然な勝ち方をした。まるで、未来を予め知っていたかのように。
 そして若し、将臣が平家に居たと言うのならば……平家が勝ったとしても可笑しくはないのだ。
 ならばもう 疑いようがなかった。

   あの 皆が死んでいった 運命は
   将臣によって  もたらされたモノだということが――


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