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■7月6日
「あ。明日って七夕じゃない!」
 何時もの二人での帰り道、思い出したように声を出した望美に、将臣は何だ、と言う風に口をへの字に曲げてみせた。
「七夕っつっても別に特別なイベントでも何でもねぇだろ」
 強ち間違ってもいない事を言っているが、望美はその言葉が聞こえなかったように将臣の腕を引いた。
「ケーキ屋さん寄って帰ろうよ。七夕の特別ケーキが販売されてるかも」
 何時もよりもうきうきしているように映るのは気のせいだろうか。
 それにしても、と、可笑しさを堪えきれぬように将臣が噴出した。
「な、何? 如何したの将臣くん??」
 口許を押さえ、何とか笑いを押さえ込もうとしているものの、目は未だ笑ったまま。
 将臣は自分より幾分も背の低い相手を見下ろし、言ってやった。
「お前、何よりも先に食い気が来るのな。イベントが泣くぜ」
 本来女と言うものは何かにつけてロマンチックだの何だの求めてきそうなものなのに、望美はそういった素振りを見せずに真っ先にケーキのことを挙げてみせた。
 其れが将臣には堪らなく可笑しかったのだ。
 言われて、漸く望美も将臣の言いたい事が解ったようで、気まずそうに僅かに頬を染めると、腕を掴んでいた手を離しそっぽを向いた。
「甘いもの好きなんだから仕方ないの! 女の子だもん。将臣くんには関係ないでしょっ」
 すっかりむくれてしまった望美を見て、将臣は苦い笑みを洩らした。
 だが、直ぐに拗ねてしまう子どものような反応をする幼馴染を見る目は優しい。
「今まさにケーキ屋に連行されそうになってるのに関係ねぇのかよ」
 此処でご機嫌を取っておいた方が良いと解っている筈なのに、将臣の口から出るのは茶々を入れるようなものばかり。
 余計むぅ、と頬を膨らませてしまった望美を揶揄るように笑ってみせる。
「第一私がこんなのなのは将臣くんの所為でもあるんだからね!」
 途端、言いがかりめいた言葉に、将臣は何故なのか解らずに瞬きを繰り返した。
 そんな将臣を見て望美は説明するように人差し指を立てて口を開く。
「私だって昔は織姫とか彦星とか、凄く凄く憧れてたんだから。ロマンチックだなぁ、って」
 其れが自分と何の関係があるのか解らずに、自然、不可解さから将臣の眉間に皺が寄る。
 だというのにまるで焦らすかのように望美の口上は緩やかだ。
「それなのに将臣くんってば、七夕のこと『つまんねーイベント』とか言ったり……」
 唇を尖らせて抗議をするような望美の姿を見て、そうだったかと記憶を辿ってみてもまるで思い出さない。
 都合の悪い事は忘れている可能性も否めずに、将臣は曖昧に「あー」と生返事を返した。
「だから、私ばっかりが楽しみにしてるのって馬鹿みたいになっちゃったんじゃないの」
 多少言葉尻に拗ねが混じりながら言われれば、流石に幼い頃とは言え、悪い事をした気になるのか、将臣は口を噤んだ。
 しかし、それも一瞬。
 次の望美の台詞に将臣は思わず脱力しかかった。
「というわけで私のイベントの楽しみは甘いものしかなくなっちゃったんですぅー」
「いやそれ俺の所為かよ」
 とんだ言い掛かりだと言わんばかりに肩を竦めて見せ、話している間に緩やかになった歩調を少しだけ速めた。
 僅かに差が出だした所で望美が其れに気付き、慌てたように早足になる。
「ちょ、将臣くん!」
 待ってよ、と言う風に言葉を掛ける望美を余所に、将臣は歩調を緩める事はしなかった。
 その代わり、何気ない調子で言葉を放つ。
「ケーキ屋寄るんだろ? 早く行かねぇと売り切れたりとかするんじゃねーの」
 ぶっきらぼうに紡がれた言葉であったが、其れは紛れも無くケーキ屋に付き合ってくれるという証言。
 其れまでの不機嫌ぶった表情は何処へやら望美はパッと顔を輝かせ、大きく頷いて将臣の隣に並んだのだった。

 その日、星型のホワイトチョコを乗せた可愛らしいケーキが夜食として食べられたというのは、また別の話。
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