■名を継ぐ者 16
何があったのか直ぐにでも問い掛けたい気持ちを抑えるように、……抑えようと、幾度も口を閉ざしては開きかける。
それを堪えられたのは、最初にあった神子の周囲の不可解そうな反応。
神子は、誰にも告げてはいない。
神子の意に背くようなことはしたくない。それが全てだった。
だがそう何時までも堪えられるわけでもなく、また非常に動揺していた。
一度、整理するだけの時間が欲しい。
龍神の神子のことは出来うる限り調べ尽くした筈だ。
だか、未だ見ていないものもある。
……安倍泰親が師に宛てた手紙だ。
未だ心の蟠りは解けぬ。だが、神子の到来を予見した男であるのなら……或いは、もっと詳しく逆鱗について師に書を認めていたのかもしれぬ。
このまま、何も知らぬままに行動を共にしても自分に何が出来るかもわからない。ならば。
――神子達が九郎と合流する前に、急ぎ、京の庵へと戻った。
「龍神、白龍は神子と共に在り……逆鱗は神子の手に存在す。そして、我が手にもまた――」
懐に忍ばせた乳白色をしたものは、逆鱗と呼ばれるもの。
逆鱗を失ってしまっては龍神は存在し得ぬ――。
其れを言えば、確かに遠い昔に出会った神子も既に一度以上は時空を越えたことになる。
そして。その逆鱗を偶然とは言え己が奪ってしまった。
だが此処に居る神子は、逆鱗をその手中に収めていることは間違いない。
「つまりは……」
自分とは違う時空を越えて来た神子か――若しくは、幼い自分と出会うより前の神子であるということだ。
「……」
考えてみたこともなかった。
自分の知らぬ“今の自分”が、既に神子と逢っていたことなど。
「……神子。私は……」
お前に“先生”と呼ばれるような諸行をしていたのか。
今の私に、お前を導けるような力量はあるのだろうか。
問い掛けに戻ってくる言葉は、ない。
そんな雑念を振り払うかのように、一度緩く頭を振ってから、師に宛てられた書に手を伸ばす。
ひとつ、ひとつ丁寧に読み解いて行き、其れらしき書を探して行く。
大抵が直接に逢って話すと言ったもので明細を記しているものは少ない。
だが、そんな中でひとつ、目を引く記述があった。
「『最初の運命で神子は龍神の逆鱗を得、そして、幾度も時空を――』?」
“幾度も時空を越える。そしてその度平行世界が増えて行くだろう。誰かを殺さぬ為に。――ただし”
「……その時空の中で、神子自身が死してしまう事も、数限りなくある」
――信じたくないという気持ちが、正直なところだった。
だが、信じるに足る程にはこの話には現実味があった。
若し、此処に書かれている事が真実であると言うのならば。
「私は、何としても神子を守らなくてはならない」
幼いあの日、自分を救ってくれた神子を今度は己が……。
其処まで考えて、ふと気付く。
死の直前に、師は確かに言った。
若しも神子を失う事があったのならば、其の為だけに逆鱗を使いなさい、と。
あれは、此の事を示唆していたと言うのだろうか。
……決して諦めてはいけない。
耳に、師の声が甦ってきた。
嗚呼、あの頃既に道は示されていたのか。
そうだ。私は
「決して諦めたりはしない。……神子、私は必ず。必ず、お前を――」
死なせはしない。