■結末は何時だって 7
 こんな時代の流れは違うと信じたかった。
 こんな残酷な流れは違うと思いたかった。
 だって、これじゃ余りにも史実通りじゃないの。
 弁慶さんと、譲くんは笑って言ってくれた。
 ――やっぱりこの世界は俺たちの世界とは違うんですね。
 って。
 私もそう思っていたのに。
 ……嗚呼、余りにも雪が、白くて、冷たくて……凍えそうな程、寒い。

 奥州平泉。
 皆の間に落ちたのは、ただ重い沈黙だけだった。
 兄に裏切られる形となった九郎さん、兄を置いて仲間と共に来た朔。
 それぞれの心中を思うと胸が苦しくなる。
 幸いにも藤原氏が受け入れてくれ、私達は、何とか一時身を落ち着かせることが出来ることとなった。
 だが、……此れでは。
「……譲くん」
 そっと他の人が誰も居ない時を窺い、年下の幼馴染を呼び止めた。
「先輩。折角、先輩は此の世界に残る事を決めたのに……大変なことに、なってしまいましたね。大丈夫ですか?」
 自分も心身ともに疲れている筈なのに、何処までも私の事を気遣ってくれる。
 其れが有難いようであり、申し訳なかった。
「私は大丈夫。……ごめんね、譲くん。あの時譲くんだけでも白龍に帰して貰ってれば、巻き込まれずに済んだのに」
 ――景時さんが、八葉から外れた。
 其れが何かの引き金となってしまったのか、白龍の力は再び不安定となり、私達を帰すことは出来なくなってしまった。
「先輩の所為じゃないですよ。其れに、どちらにせよ兄さんがまだこの世界に居ますし……、俺一人で帰るわけにも行かないでしょう」
 結局こんなところまで流れ着いてしまって、将臣くんとは熊野で別れたきりだ。
 だが、恐らく将臣くんは心配いらないだろうとも思う。
 彼のことだ、上手くやっているのだろうから。
「……ねぇ、譲くん」
 聞いておかなければならないと思うと、余計、声が震える。
 いっそ聞くのを止めてしまおうかとすら思えど、聞かずに後悔するのはきっと自分だ。
「何ですか、先輩」
 促すように声を掛けてくれた譲くんに応えるように、私は胸元の逆鱗をぎゅ、と握り締め、問い掛けた。
「――史実では、此の後、如何なるんだっけ……?」
 私は其れ程歴史を詳細に覚えているわけでは無かったが、……此の先訪れるだろう結末くらいは知っている。
 だけれど、記憶違いということがあるかもしれない。
 そうであって欲しい。そんな願いを込めての、問い掛け。
 ……だが、世界はそんなに私に優しくは無かった。
「……藤原泰衡が裏切り、奥州は源氏に寝返ったと記憶しています。衣川にて義経は自害――そして、武蔵坊弁慶は、全身に矢を受け……」
 “弁慶の立ち往生”なんて、何処かで聞いたような話。
 思わず自嘲気味に笑ってしまうと、譲くんが慌てたように言葉を重ねた。
「でも、此の世界は俺たちの世界とは違います。義経が頼朝に追われるようになったのは後白河院の信任を得て後の筈ですし。……泰衡さんだって、何だかんだ言いつつ、九郎さんの事を裏切るような人では、無いかもしれませんし」
 真実味のない言葉だ。
 私が弁慶さんに想いを寄せている事を悟ってから、譲くんはこういった気遣いを見せてくれる。
 けれど、私は知っているから。
 世界はちっとも優しくなんか無くて、“私達”に酷い仕打ちを喰らわせる。
 でも、私は決して諦めたりなんかしない。
 諦めたりしては、いけない。
「……そうでしょう? 弁慶さん……」
「え? 先輩、今、何て……」
 無意識のうちに、過去のあなたに語りかけていた。
 其れは幸いにも譲くんには聞き取れなかったようだ。
 私は何でもないと言う風に首を横に振り、此れから先如何するべきなのか、考え始めるのだった――。


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