■結末は何時だって 4
 繰り返すのを止めろというのは、助けるのを止めろと言うのと同義。
 其れは詰まり、二人の未来を……望まぬ、ということ?
「……どうして。どうして、そんなこというんですか。……どうして、あなたがそんなこと、いうんですか……」
 私が二人の幸せを願うほどには、貴方は想ってくれていないのですか。
 問おうとして、止める。
 其れを肯定されてしまうのは、余りにも辛すぎる。
 だが、弁慶さんはそんな私の思考を読み取ったかのように曖昧に笑ってみせた。
「僕は君が好きです。……其れは嘘偽り無い真実で、……此れから先も変わらない事実」
 ゆっくりと、諭すように柔らかく紡がれる言葉は、声は。
 何よりも大好きなひとのもの。
「君が好きです」
 二度目は、念を押すように。
「だから、如何か望美さん。――違う運命で、僕との未来を探して下さい」
 徐々に覇気の無くなって行く声は、終焉の時を教えているかのように。
 けれども、その唇から漏れた言葉は絶望だけでは、なかった。
「……え?」
「“僕の事など忘れて、幸せになって下さい”――きっと、以前の僕ならそう言っていた。……けれど、僕は知ってしまった」
 緩やかに伸びた手が、私の髪に触れる。泣きたくなるような優しさで。
「君が運命を繰り返していた事……その根本には、僕への想いがあったという事……。……僕は、誰よりも君の其の気持ちを否定してはいけない」
 其処まで知っていて尚、別の未来を探せと言うのか。
 何故ですか、と問い掛けようとしたけれど、それは最早音としては外に出なかった。
 ただ不明瞭な音が、唇から漏れるだけ。
「君は僕と一緒になってから、何度この運命を繰り返しましたか……? 数え切れない程では、ありませんか?」
 髪に触れていた手が、ぱたりと落ちた。
 質問の形式を取っていたにも関らず、弁慶さんの視線は確証に満ちていた。
 確かに、そうだ。
 もう覚えていないほどに、私は只管に繰り返し続けた。
「……きっと僕は、逃れられない運命の内にある……。予め調和すべく定められているから、僕はこの運命では生き延びれないのかもしれない」
 ――つまりは。
「別の運命だったなら、弁慶さんは生き延びることが、出来るかもしれない……?」
「あるいは、の話ですが」
 此の時、初めて弁慶さんは自信が無さそうに笑ってみせた。
 若しかすると他の時空でも、弁慶さんは死んでしまうかもしれない。
 けれども、助かるかもしれない。
 ……本当は、わかっていた。
 この時空で弁慶さんが助かる可能性が限りなく低いと言うことを。
 今回は凌げても、また、第二、第三の刺客が襲ってくるかも知れぬという危惧もあったから。
 でも、其れでも。
「私は、“この”弁慶さんと生きて幸せになりたかった……」
 私と出逢い、そうして、結ばれた貴方と幸せになりたかったの。
 弁慶さんは、微笑む。
 其の言葉が聞けてよかったとでも言う風に、力無く。
 けれども自分の言った言葉を曲げる事はしない。
「望美さん。僕は、君と幸せになりたい。そう、僕は君と幸せになれれば其れで良い。――それには先ず、二人、生き延びなくてはいけない」
 だから、其処に辿り着く迄の手段は選ばないで下さい。
 消えてしまった語尾が、何故だかそう続くのだと知れてしまった。
「……でも」
「僕は信じています。君が、何時の日か今日の事を、……此れから先の“僕”に打ち明けられる日が来ることを」
 少しずつ、少しずつ。
 言葉を重ねて行くことも辛そうになって行く。
 其れでも彼は、喋ることをやめない。
 伝えるべきことを余す所なく伝えておこうとして。
「さぁ、もう行って下さい。君はもう僕の死を何回も見て来たんでしょう? 此れ以上見る必要はありませんよ」
 追い立てるように紡ぐのは、己に残された時間が後僅かだと悟ったからか。
 彼の優しさは、残酷。
「いやです」
 きっぱりと言い放ち、弁慶さんの手を取った。
 私、最期の瞬間まで貴方の傍にいたい。
 ――弁慶さんは、私の気持ちを察してか、少しばかり困ったような顔をした後、諦めたように溜息を吐いた。
「……君は、優しい人ですね。そして……愚かな人だ」
 態々自分の心を痛めつけるような真似をする私は、確かに愚かなのだと思う。
 けれど、それで良かった。
 愚かでも、無意味な事でも、私がこうしたかったのだから。
「――望美さん」
 最期の力を振り絞るように、掠れた声で、弁慶さんが言葉を紡いだ。

「……どんな風に運命が変わって行っても。僕は必ず、何度だって君に恋をします。――其れだけは、覚えておいて下さいね……」


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