■いとしこいし君へ
 想いを表す表現は沢山在る。
 うれしい、かなしい、はらただしい、いとしい、にくらしい、こいしい。
 それらを挙げていくと、どちらかと言うとプラスな感情を表す言葉のほうが多い気がした。
 実際には、幸せなことよりも不幸せなことの方が何倍も多くあると思う。
 だから逆に人というのは、“良いこと”を大事にしているのだろう。
 私も、貴方のおかげで沢山の幸せを、良いことを…手に入れることが出来たから――。


「どうしたんですか、望美さん。僕の顔をそんなに見つめて……」
 甘そうな色をした髪と瞳を持ったひとが、私を見据える。
 何時の頃からか、休日には何をするわけでなく、私の部屋にいることが習慣になっていた。
 言葉交わさずとも心地の良い空間。
 けれど、今日の私はつい弁慶さんを見つめ過ぎていたらしい。
「あ、別に用があったわけじゃないんですけど……」
 ただ幸せを噛み締めていただけだなんて、正面きって言ってしまうのも気恥ずかしく、思わず言葉を濁した。
 それを弁慶さんがどう受け取ったのかは分からないが、何時も浮かべているような微笑をして、ゆっくりと手を私の頬へと伸ばしたのだ。
「てっきり……望美さんが僕に構って欲しいのだと思ったんですが、ね」
 誘いかけるような響きを持ったその言葉に、私はつい俯いてしまいそうになる。
「……やっぱり、ほんとは構って欲しいです」
 確かにそれも嘘じゃない気持ちだったから、少し恥ずかしかったけれどそう打ち明けた。
 すると弁慶さんはやさしく目元を和らげ、私の頬を包み込むようにすると眉間のあたりにそっと口付けてくれた。
 弁慶さんは私の部屋では決して唇には触れようとしない。
「貴方は本当に、可愛らしい人ですね」
 弁慶さんも私のことをいとしいと思ってくれているのだろうか?
 きっと、そうだと思う。
 だって、いとしいという文字は、愛しいと書くんだもの。
「弁慶さん、私、弁慶さんのこと好きですよ」
 貴方が帰った後に、こいしいこいしいと泣いてしまいたくなる程に。
 とても恋しくて、手に入れたはずの貴方の心を乞いたいほどに。
 きっと私は在るのか解らない、目に見えない感情を信じてる。
 希望的観測しかないものかもしれないけれど、私は確かに恋しいと思って居るから。
「僕の望美さんのこと、とても大切に想っていますよ」
 大切だなんて言葉じゃ足りない。
 もっともっと、ことばがほしい。
「どのくらい大切ですか?」
 腕を弁慶さんの首に絡めて、綺麗な瞳を覗きこんだ。
「どれくらいと言えば君は満足するんですか?」
 動揺することもなく甘く微笑み、平然とそう切り替えしてくる。
 聞かれると逆に難しいと想うのだけれど。
「愛しいとか、恋しいとか、一日に何度も言ってくれるくらいに」
 今思い浮かぶのはこんなものだけ。
 どうしようもない私のおねだりを、弁慶さんは笑って受け入れてくれた。
 チョコレートにガムシロップをかけたよりも甘い甘い、心躍るささやきを。
 私が望む以上に、私にあいを注いでくれた。
 いとしい。
 こいしい。
 あいしてる。
 だいすき。
 私が貴方に言って、貴方が私に囁く。
 其れはどんな飾り立てた愛の言葉よりもずっとずっと幸せになれるもの。
 だいすき。
 あいしてる。
 こいしい。
 いとしい。
 このおもいが今よりももっとずっと強くなるように。
 これからもいとしこいしい貴方と一緒にいられたら良いな…。
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