■飴色の吐息
 飴と言えば黄金糖。
 そんなイメージが何時からかついていた。
 多分、幼なじみの家のおばあさんがくれる飴が、黄金糖だったからなのかもしれない。


 先輩、この飴好きでしたよね。とそう言って年下の幼なじみがくれたのは黄金糖。
 近所の人に貰ったのだが、自分達より先輩の方が喜ぶだろうから、と。
 安っぽい透明な包み紙を開き、極上の甘さを誇るような飴を口の中に放り込む。
 何処かしら懐かしいその味に、自然と頬が緩んだ。
 部屋の外から聞き慣れた声が、何か言葉交わしていることがわかった。
 そして、そう時間も経たない内にこの部屋の主人が顔を覗かせる。
「おかえりなさい、あつもりさん」
 飴を口に含んでいたから正確には発音しきれていなかったのかもしれないが、彼は控えめに微笑み、ただいまと言った。
 この世界に残ってくれた彼の居住は、皆がいた頃と変わらず幼なじみの家である。
 戸籍とか、経歴などは力を取り戻した白龍が便宜を図ってくれたようで問題はなかった。
 人の法にはみ出ぬようにと、彼がこの世界で生きて行くために必要なことだったから。
 ただ、この世界の細かなことがわかっていないのが現状で、一人で暮らさせるのには不安が残った。
 そのことを幼なじみ達も配慮してくれたのか、彼らの親が帰ってきた時、どう説明したのかは知らないが、家に置いておくことを許可して貰ったのだと言う。
「はやかったですね」
 調べ物があるからと出かけていたらしい彼に、「部屋に上がってます」というメールを送ったのはつい先刻の程。
 ゆっくりして来て良いとも送ったのに、即座に帰って来てくれたのだろうか。
 そのことに申し訳ないと思いながらも、不謹慎にも嬉しいと、少しだけ思ってしまった。
「丁度、帰ろうと思っていたところだったから、その……神子が気にするようなことではない」
 表情に出てしまっていたのか、彼は少し眉尻を下げて言葉を紡いだ。
 ……「帰る」という単語に、随分とこの世界に慣れてくれたのだと嬉しく思う。
「? 何か、食べて……?」
 随分と小さくなった飴でも、彼にはわかってしまったのか、小首を傾げながら問いかけてくる。
「黄金糖っていう飴です。敦盛さんも如何ですか? 譲くんに貰ったんですよ」
 黄金糖だなんて言っても彼にはわからないだろうから、きちんと飴だということまで説明しておいた。
 其れでも尚、隣に腰を降ろした彼は不思議そうな瞬きを繰り返す。
「あめ……。嗚呼、甘味料のこと、だっただろうか? ……それを、直接食べている……?」
 甘味料、の意味を一瞬考えてしまったが、彼の訝しげな顔を見ると、「調味料」としての意味合いで言われた事がわかる。
 彼のいた世界には飴はあってもお菓子としては存在していなかったのかもしれない、と口内の飴が溶け切ったと同時に唇を開いた。
「こっちで言う飴は純粋なお菓子の事を指すのが多いですよ。はい、どうぞ」
 ころん、と彼の掌にひとつ、黄金糖を転がした。
 指先で摘み、目の高さに上げてみたりしている彼を横目に新しい包みを開く。
「……黄金色、だな。綺麗な色をしている……」
 じっと飴を見詰めて、思った事をそのまま言っているのであろう彼はとても可愛い。
 けれど、このままだったら食べるのが勿体ない、なんて言い出し兼ねない。
 ころん、と今し方口の中に放り込んだ飴を舌で転がし、ちょっとした悪戯心が沸いてきた。
 腰を浮かせ、未だ飴に意識を捕らわれて居るらしい彼の両頬を両手でそっと包み込み、顔を近づけた。
 彼が驚いた時にはもう遅い。
 上から覆い被さるように彼の唇に自分の唇を重ね、飴を彼の口の中にと押し込んだ。
「……ッ!」
 既に他者の口内で温められている飴はその甘さというものもあり驚く要素には十分、だっただろう。
 ゆっくりと唇を離し、至近距離で彼の顔を見詰め、微笑んだ。
「如何ですか?」
 飴の所為か、互いにきっと甘い吐息を零している。
 するりと彼の頬から手を外し、彼の返事を待つ。
 彼は俯き加減で唇を掌で覆い、目尻をほんのり朱に染めながら
 ……甘い。
 と、そうぽつりと言葉を零した。

【お題リスト】


飴色は、くすんだ赤みの黄色という事らしいのですが一寸ニュアンスを変えて「甘い吐息」という意味合いで。
ちなみに敦盛さんの頃は恐らく水あめが主流だったと思います。
飴が量産されるようになったのは、江戸時代から、ということらしいです。