■とろける海で逢いましょう
「如何して死んでしまうの?」
 幾ら聞いたって、今“生きて”いる人には不可解な事だとは解っている。
 其れでも、問わずには居られなかった。
 夏の熊野――。
 此処で貴方と出逢ってから、数え切れない程くり返し、くり返し、貴方を助けようとした。
 けれど貴方は、まるで生きていることすら最初から未練がないかのように、海の藻屑となって行こうとする。
 貴方は何時もそう。
 少しだって私の気持ちを汲んではくれない。
「――可笑しな事を言うな、神子殿は。今、此処に、俺は居る……そうだろう?」
 両手を悠然と広げ、嘲るような笑みを浮かべる。
 その仕草は倦怠感に満ちているというのに、はっとしてしまうほどに優美で、憎らしい。
「うん。そうだった、言っても無駄だってこと、わかってるよ」
 将臣くんは、今此処に居ない。
 先程用事があると言って私達から離れていった。
 ……恐らく、平家の使いに、現状を報告しにでも行って居るのだろう。
 その間、私達は岩場を歩く。
 如何言えば知盛が共に歩いてくれるかだなんて、何度も時空を繰り返していれば想像するのも容易なこと。
 ただ、彼が海を選ばない方法だけが解らない。
「益々、可笑しい」
 クッ、と喉を鳴らすようにして笑ってみせる知盛は、口では批難するようなことを言いながらも愉しんでいるのだと思う。
 私は其れに答えずに、岩の上から海を見下ろす。
 ゴツゴツとした岩に波が当たり、胡散している。
 今立っている場所から海はそう離れてはいないが、海の底は深そうだった。
「――知盛は、海、好き?」
 だから何時も海で死にたがるの?
 それとも、ただ最後の戦場が船であったからなの?
 私としては筋が通った質問。
 けれどきっと、知盛にとってみれば他愛の無い、下らない質問であったのだと思う。
 目の端で知盛の姿を捉えると、予想通りつまらなそうな顔をしていた。
「別に、どちらでも無いさ」
 ありきたりな返答は、予想するのに容易いもの。
 そう、だなんて、曖昧な返事をしながら、私は再び海へと視線を移す。
 海に抱かれるのは、心地良いのかもしれない。
 とろけるような感覚で、死に至れるのかもしれない。
 綺麗な海。
 とろける海。
 そして、何もかも飲み込んでしまう、海。
 何時も何時も、知盛をとかしてしまう。
 嗚呼、私、海が羨ましいんだ。
「……神子殿?」
 ゆったりとした声が耳を擽る。
 咄嗟に私は、知盛の腕を掴み、足元の岩を蹴り飛ばした。
 まさか私がこういった行動に出るとは予想もしていなかったのだろう、知盛の身体は、その場に踏みとどまる事も忘れ、私に腕を引かれるまま宙に浮く。
 重力に従い、身体は落ちる。
 ほんの数瞬の間、私は其の身体を抱きこむように、腕を回した。
 ――背中に強い衝撃を感じたと同時、視界が蒼に包まれる。
 背中から落ちてしまったのだと理解した頃には、私達は既に海面に顔を覗かせていた。
 抱きかかえていた筈だったのに、何時の間にか、私の腕は知盛の首に絡めるように回っている。
「……随分と、情熱的な事だ」
 体が海に沈んでしまわぬように、知盛は私ごと浅瀬へと泳ぎ始める。
 落ちた場所がそう高くなかったことと、水深がそこまで浅くなかった事。
 そのふたつがなければ、無傷でいられたかどうかも怪しい。
 だと云うのに、怒りもせず、問い詰めもせず、たった一言だけで済ませてしまった。
 その事を緩く笑い乍、私はただ、知盛に抱きついていた。

 ――きっと、この運命でも知盛は助からない。
 そうしてまた、海に抱かれてしまうのだろうと思う。
 だから……せめて。
 沈んでしまったその瞬間に、僅かにでも、この時、此の瞬間の事を思い出して欲しかった。
 少しでも、海に私の心を溶かしておきたかった。
 ……願いを込めて、私は知盛にしがみ付く腕の力を強める。

 如何か、願わくば――。
 とろける海で、貴方と私が出逢えるように……。

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