■油照り日とコンビニと
「あっつぅーーい……」
 上はキャミソール一枚の、涼しげな格好をしていながらも、全身に風を受けたがるように腕を伸ばす望美を見て、銀はこそりと苦笑をした。
 現代に来て、夏という季節を迎えた当初は薄着の若者を見ては珍しいものを見るようにしていた銀だったが、今では然程違和感を感じている様子はない。
 余りの暑さに部屋に篭っていられなくて、コンビニにアイスでも買いに行こうと銀を誘ったのは望美。
 銀がそれを断わる筈も無く、今斯うして熱を発しているアスファルトの上を歩いている。
 暑がっている望美に対し、銀は涼しい顔をして望美の歩調に合わせて歩いているのだ。
「銀は暑くないの?」
 パタパタと手で自分の顔を扇ぎながら、望美は銀に問いかけた。
 眩しいくらいの空、というわけでもないのだが、逆にこのくらいの天気は気持ちが悪い暑さが残る。
 突如そうした話を振られ、少しばかり首を捻ったものの、銀は緩く、一つだけ頷いた。
「あちらの世界に居た頃に比べれば多少暑いような気もしますが、云う程のことでは」
 地球温暖化の所為かも、なんて望美は考える。
 向こうの世界では幾ら暑くったって、如何しようもなかったから我慢が出来たのかもしれない。
 其れに比べて此方の世界は室内に入ってしまえば大抵何処でもエアコンのお陰で涼しい。
「ああもう、早く夏が終われば良いのにぃ」
 本心からの台詞は、虚しく空に薄く覆った雲に吸い込まれるように天に消えて行った。
 薄曇の空、じりじりと蒸し暑くて、こういった天気のことをきっと油照りと言うのだろう。
 ――そう思うのは、この暑さに閉口している私だけかもしれないけれど。
「そうですね。私も早く此の暑い季節が終われば良いと思います」
 合わせているわけでもない、本当に思って居るといった口調で銀は呟いた。
 予想外と言うわけではなかったけれど、暑さに参っているようには全く見えなかったからこそ、望美は不思議そうに銀を見遣った。
「銀も、暑いの苦手?」
「いいえ、そういうわけではありません」
 ふるりと首を横に振り、否定をしてみせる銀に、望美の疑問は益々深まった。
 問い掛けようとしたのだが、コンビニは目前。
 タイミングを逃してしまい、二人はそのままコンビニの中へと入った。
 外とは明らかに違う、寒いともすら感じるコンビニ内、入ると途端に店員が義務めいた定型文の挨拶をしていた。
 少し肌寒かったかと望美はキャミから覗いた腕を擦った。
 其れを見咎めるように、銀が望美にだけ聞こえるように、小さな声で囁いた。
「お寒いのですか……?」
 此処でイエスと返事をすれば、銀は店員に温度を下げるようにと言いかねない。
 大事にされるのは嬉しいのだが、それは少し恥ずかしい。
「大丈夫だよ、外はまだ暑いだろうし。寒いくらいが丁度良い」
 その言葉に納得したように銀は微笑んでみせ、それでは、と言った風に、望美の手を取った。
「余り冷え過ぎるのもお辛いでしょうし、せめて手だけでも」
 繋いだ手は暖かく、其れ迄の寒さが嘘みたいに和らぐ。
 触れている部分は手だけなのに、と少しだけ不思議になったけれど、望美は其れ以上気にはしなかった。
 きっと、心の問題だろうから。
「嗚呼。そういえば……先程のことですが」
 先程、と言う言葉に、望美は思考をめぐらせる。
 思い当たるのはひとつだけ。
 暑いのが苦手なわけではないのに、夏が終われば良いと言う銀の理由が知りたい。
 望美の気持ちが解っていたように、銀は自ら切り出した。
「暑いと薄着になりますので、他の者達が魅了されぬ内に終わってくれないか、と思ったことと……」
 誰が、とは言わなかったけれど、銀の目線と、自分の格好で直ぐ解り、望美はぱっと顔を朱に染めた。
 その姿を見て一旦言葉を切った銀は、微笑ましそうに緩く笑い、そっと、望美と繋いだ手の指を絡め始める。
「――寒くなれば、寒さを理由にしてこのように触れていられるでしょう……?」
 今、この寒い寒い室内の中でも。
 そう甘い声で言われた言葉に、寒い筈なのに望美の顔は熱くなった。
 ……今年の夏も、まだまだ暑くなりそうである。
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